第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
神牙の世界に来てすぐのころは、元いた世界に帰れるのかなんて考えたりもしたけれど、ここしばらくは光秀さんにこの世界のことを教えてもらったり、勝家さんや長秀さんに鍛錬を付けてもらったりと、元の世界のことを思い出す余裕があまりなかった。蘭丸君とおしゃべりしたり、城下町を散策したりして、この世界でのいい気分転換もみつけたところだ。
ふいに思い出してしまったの現世の思い出が、元彼に振られた場面なんかだったことに、軽い衝撃と動揺を憶えて、悪い記憶を振り払うように首を横に振った。
すると、私の動きに驚いたのか、それともこれ以上媚びを売っても餌をもらえそうにないことを察したのか、先ほどまで足元にあった毛玉の熱がすぅっと離れて行った。
『気まぐれだなぁ。』
空を仰げば晴天が広がり、洗われたまっさらな木綿がはためいている。
そもそもまだ姫神子様だって見つからないし、元いた世界に帰れる算段の見込みも立っていない今、自分にできることをやろうと決めたのは自分だ。
高層ビルやコンクリートに囲まれたときの暑さとは異なる、どこか爽やかさを感じる夏の空気をゆっくりと肺に押し込んで、立ち上がり、自分に喝を入れる。
『よし!洗濯物を片付けてしまおう!』