第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
「瀬那…」
俺が言葉を発する前に瀬那が割り込み気味に話はじめた。
『あ、そうだ、すみません。先ほど、湯呑茶碗を落として割ってしまいまして。申し訳ありません。』
そういって頭を下げた。
「いや……全く……お前は…。」
上手く言葉が出てこない自分にいら立った。
勝手場で瀬那がなにをしていたかは大方見当がついていた。というのも、
……湯飲み茶碗は…ここにあるはず
……あ…あった!
……真っ暗でみえないなぁ…
……たしか白湯は……こっちに…
などと一挙手一投足を実況するかのような独り言が聞こえていたのだ。
時折夜には人払いをして、俺はこの勝手場に籠って、何かしらの菓子を作ったり、新しい旬の料理を考えたりとしている。城の者は暗黙の了解として夜は此処に近づかない。
今日の一件の詫びと礼を兼ね、小十郎、成実、そして瀬那のために、余り物の濡れ小豆とつぶ餡と栗の甘露煮で鹿の子をつくり、丁度仕上げの寒天液を塗り固化を待ってたところで、瀬那に余った濡れ小豆を味見させても良いかと、勝手場に行ったのだが……
結局、瀬那を強引に連れてくるはめになってしまった。
こんなつもりではなかったのだが、瀬那が絡むと何故かいつも上手くいかない。
湯飲み茶碗が割れたことよりも、
今は瀬那が心配だった。
流石に人払いしているとはいえ、瀬那が悲鳴でもあげようものなら人が来てしまうし、調子が悪いと言いつつも菓子を作っていることが小十郎に知れたら、きっと怒られるに違いない。
そう思って、あのとき咄嗟に、瀬那の口元を押さえてしまったのだが、明るい部屋で自分の掌に鮮血を擦った跡があり、驚いた。
瀬那の血のもつ甘い香りがいつもよりも強く香って本能的に人狼の性が目を覚ましていくのを体の奥に感じていたが……。
「ところで、瀬那……大丈夫、か?」
『え?私は大丈夫ですよ?』
どうしましたか?と首をかしげて答える瀬那の唇には、やはり僅かだが赤い鮮血が紅のように滲んでいた。
ーー瀬那の言う大丈夫は当てにならないーー
小十郎の台詞が鮮明に蘇った。
「何が大丈夫だ…。」
瀬那の顎に手を差し伸べて上を向かせると、栗色の双眸が揺れた。