第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
「血がでている…。」
『っ。』
瀬那の下唇についている血を親指の指先で拭うと、唇の内側が少しだけ外に露出し、じわりと赤い血がにじみ出る傷口が見えた。
やけに甘い香りが強く感じられていたのは、これのせいかと納得したが、瀬那は頬を桃色に染めながらきょとんと此方を見つめていた。
「俺が…怪我をさせたか?」
『いえ、これは政宗さんのせいじゃないですよ。湯飲み茶碗の口が欠けていて……景気よく切ってしまったみたいで……でも、大丈夫です。大したことはありません。』
瀬那が言葉を発する度に傷口から鮮血が湧き広がった。
(大丈夫じゃないだろう。)
いつだって、他人がかすり傷でも負って帰って来ようものなら、ちゃんと手当てをと救急箱を抱えて飛んで来るというのに。
自分のことに無頓着すぎだ。
こんな薄着で羽織もなく城内を歩くなど、夜は冷えるというのに、湯冷めしてしまうのではと心配になる。
目の前で、またじわりと鮮血が滲んだ。
…赤くて甘い紅の誘惑に魅せられて目が離せない。
人狼の本能が瀬那の血を欲している。
喉がやけに渇き、身体の奥が疼いた。
人狼の本性だけでなく、男としての本能が揺らぐ理性に追い打ちをかける。
先程瀬那を抱え、その体温と華奢で柔らかな感触と優しい甘い香りを感じてしまったことで、俺の中には瀬那への愛欲が目覚めていた。それは緩慢に、けれども確実に、熱を帯びたまま膨らみ続けていた。
瀬那に教えられた。
こんなにも気持ちが昂ることがあるのだと。
鼓動の音がやけに煩く、身体に熱が燻る。
想うと苦しいほどに、欲しい。
一度求めてしまったら、
止まらなくなりそうなほどに
…愛しくて仕方がない。
あぁ。これが愛しいという感覚なのか……。
『え、っと…あの…政宗さん?…流石に恥ずかしいんですが…。政宗さんこそ、大丈夫ですか?』
耐えきれずに瀬那はそう言って、赤い舌を出してぺろりと鮮血を舐めとり、唇を噛んで、俺の手をほどくように俯いた。
ごくりと喉が鳴ったような音が遠くで聞こえた。
「…俺は、今…何を……。」
熱に浮かされてぼんやりとした思考を振り払うように頭を振った。