第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
湯呑茶碗に果実酒を数滴垂らして、白湯を半分ほど注ぎ混ぜて口に運んだ。
『ふぅ。美味しい。』
おまじないといいつつ、ちょっとした至福の時だ。
暗がりの中、無事に準備を終えることができ、一安心した。ほんのり甘い香りと薄いアルコールを身体に染み込ませるように、すこしずつ液体を口に含み、こくりと飲み込んだ。
もう一口。
そう思って、湯呑を口に運ぶと、
…痛っ!
口腔内にぴりっと痛みが走った。
しかも、
それに驚いて湯呑が手元からすり抜けて、
―カシャン―
と床に着地すると同時に、おそらく元の形を保っていないであろう音が響いた。
『ぇ、嘘。』
全然気づかなかったけれど、飲み口が欠けていたんだろう。ちょうどよい角度で当たった二口目で、口の中を切ってしまった。それはともかく、湯呑を落として割るなど、なんとそそっかしい。しかも、中身がもったいない。あぁ、半分以上は残ってた!
それに、そもそも、誰にも気づかれないようにと、音を立てずに果実酒入りの白湯を飲み干して、部屋に戻って安眠を貪る予定だったのに!
『あー、もう、なにやってんだ、私。』
思わず壁を背にして、手の甲をおでこにあて仰ぎ、独り言が漏れた瞬間、その壁だと思っていたはずの背もたれがぐらりと揺らいで、
「お前、そこで、何をしている。」
『っ!』
突然、背後から男の人の声がして、心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。
けれど、その声の主を視界の端に捉えて更に驚いた。
『まさっ!』
政宗さん!と言おうとしたが、背後から口元を手で押さえられて、息もままならず、暴れないようにとのことか、私の腕を押さえるように抱え込まれて、抵抗する余地が全くなかった。
「声が大きい。小十郎や成実に聞かれたらどうする。黙ってこちらへ来い。」
そう耳元で囁かれて、不意の事故的なものだというのに背筋がぞくりとして、肌が粟立つのが分かった。
湯上りで羽織も纏わない寝衣姿の私には、その薄着の布越しに、政宗さんの力の入っている腕の筋肉の硬さが伝わってきて、妙に、冷静に、あぁ、やっぱり男の人なんだなということを再確認していた。
―夕方はあんなにあどけない、かわいい寝顔ですやすやと眠っていたのに。
そのまま無駄な抵抗をせずに、政宗さんの誘導に従って、壁だと思っていた先の小部屋に私は連行された。
