第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
空を見上げると上限の月が闇夜に輝いていた。
夕餉を済ませて、湯浴みを終えて、御勝手に向かう。
夜風は一層ひんやりと冷たくて、湯上りで火照った身体にはちょうどいいけれど、そろそろ上着持ってきたほうがいいかもしれないと思うくらいに秋めいた暗闇が広がっていた。
それにしても、と夕方の出来事を思い出す。
政宗さんが眠っているとはいえ、小十郎さんがあの夜の話をしたことにとても驚いた。
“あの夜”に何があったか話せば長くなってしまうことなのだけれど、手短に言えば、
寝付けなくて、なんとなく心細い夜に、きれいな月を眺めていたら、小十郎さんに会ってしまって、優しい言葉をかけられて、泣いてしまった。
という、私の恥ずかしい思い出ランキングトップ10入りしそうな出来事があった夜のことだ。
元の世界にいた頃から、たまに寝付けない不眠ループの期間に入ることのあった私は、時に睡眠導入剤のお世話になることもあったんだけれど、神牙の世界ではそんな便利な薬にはまだ出会えてなくて。
あの夜も、寝不足から幾日が経過した日だったと思う。結果的に、小十郎さんに迷惑をかけてしまったのだけれど、その時に小十郎さんに勧められて試した、ほんの少しの果実酒を白湯で薄めて飲んでから床につくということが、思いのほか不眠を改善する効果があって、それ以来、おまじないのようにして、私はそれを飲むのが日課になっていた。
(頼りすぎもよくない、よね…)
夕方、小十郎さんがあの話題を出したのは、こうして連日のように私が、このおまじないを繰り返していることに気づいていたからだろう。
普段は白湯も果実酒も部屋に準備しておいてから湯浴みをするのだけれど、今日は夕方の一件もあったので、湯浴みからの帰りに勝手場で済ませてしまおうと思っていた。
御勝手についてから、その判断を後悔した。
神牙の夜は暗い。
月明りだけでは部屋の中などを照らす光量が足りるはずもなく、薄暗くてどこに何があるか、よく見えない。無駄にがさごそ物音をさせればただの不審者だと思われ兼ねないけれど…少々迷ったものの、おまじない無しに寝付ける自信がなく、
『まぁ、いつも使っている場所だし、大丈夫だよね。』
と、自分の湯呑茶碗のおいてある場所、白湯の入った小鍋、果実酒の入った瓶の位置を一度脳内でイメージしてから、そっとその敷居を跨いだ。
