第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
『政宗さんも、辛いなら辛いっていえばいいのに、本当に素直じゃないですね。』
そう言って、瀬那さんは、政宗の髪を優しく撫でた。
「政宗は幼い頃から、へそまがりであれと教えられて育っていますからね。俺自身、今更素直な政宗を想像できません。」
少しだけ口許に弧を描きそう言えば、瀬那さんは
『確かに。』
と、くすりと笑った。
その時、すっ、と政宗の失われている右目を労るように触れたことには、俺は気づかなかった。
隻眼になったころから、只でさえ大人しい性格だった政宗は塞ぎ込むようになって、思っていることと逆に振る舞えと教えられて育ち、今ではすっかりこのへそまがりである。
いくら慣れていてはいても、政宗のその言動から本心や本来の目的、こちらは何をすればいいのかを、想像し推察して、具現化するための実動をすることには苦労することばかりだ。
『こうやって眠っていると、可愛いのに。』
それと、と彼女はつづける。
『私からみると、小十郎さんも成実さんも、政宗さんの本当の気持ちや考えをよく慮っていて、凄いなって思います。』
私には少し羨ましいです。
そう付け加えて、微笑んだ。
「政宗の考えを慮ることは俺でも難しいんですよ?戦場では特にそうですが、大抵急で突拍子もない思い付きが大半ですし、いつも苦労させられます。」
『小十郎さん、いつもため息ついてますもんね。あんまり眉間に皺寄せてばかりいると、そのままとれなくなっちゃいますよ?』
柔らかな物言い。
目元を細めて微笑むけれど、奥底では何を考えているのか測り兼ねる瞳で俺を見ていた。
全く、瀬那さんという人は、一体どうやって育ち、どうやって生きてきたのだろうか。目の前にいるのに妙に心が遠く感じられるときがある。
「…俺が、政宗を、伊達軍を支えることに代わりはありませんが、政宗といい、成実といい、あなたといい、俺に心配ばかりかけるからです。」
あまり言うまいと思っていたが、言葉を紡がずにはいられなかった。
『…え、私も、ですか?』
「ええ、あなたもですよ。瀬那さん。」
『……。』
「辛いときには辛いと、素直に言ってください。もっと、頼ってくれていいんですから。」
政宗を一瞥してから声をひそめて言った。
「あの夜のように、涙を零す前に、頼ってください。」