第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
なんだかいろいろと釈然としないままだったが、
『お座布団も準備できず申し訳ないのですが、小十郎さんのご用件を伺ってもいいですか?』
瀬那さんと政宗を仁王立ちで見下ろしたまま話をするのも躊躇われたので、
「では、こちらに失礼します。」
と言って、彼女の向かいに腰を下ろした。
「俺の用は大したことはないのですが、今晩の夕餉は普段よりも半刻ほど後になるとお知らせに来たんですよ。」
そう伝えると、
『そうなんですね。…えっ、でも、あんなに早くに下ごしらえが済んでいたのに…?ほんとは私にも何かお手伝いできることが…』
と、驚きつつも今日は手伝いをしていないことを申し訳なさそうにしていて、相変わらず律儀だなと苦笑しそうになった。正直にことの次第を伝えても問題はないけれど、料理番の面目をつぶさずに瀬那さんが気に病まないように、
「いえ、軍議が長引いてましたから料理番が気を効かせて遅らせたのでしょう。瀬那さんは今日は休むようにと言われていたのですから、気にしなくていいんですよ。」
と説明した。
「それに、おかげで、こんな珍しい場面に出くわすことになりましたし。」
そう付け加えた。
正直に言えば、政宗に瀬那さんを獲られたようで妬けるような気がしていたものの、我が君主であり弟のような政宗の、そのあどけない寝顔に毒気を抜かれた。
「……なんというか、政宗の寝顔をこうやって見るのは子供の頃以来かもしれませんね。」
『え、そうなんですか?』
予想外だと言わんばかりに、驚いた顔で瀬那さんがこちらをみていることに、こちらが驚いた。戦場で仮眠をとることはあるが、その顔を覗き込むことなどないし、城内での寝室を共にしているわけでもないので、知る由がない。
政宗は長い前髪で顔を隠していることも多いこともあるが。
(…一体どんなふうに俺たちのことを見ているんだろうか。)
一抹の不安を覚え、なんとも返答に困ったが、あまり深い意味のある質問ではない風だったので、そうですよ。と軽く流した。
外には、夕暮れが迫っていた。
しん、とした静寂が広がり始めようとしていた。
確かに政宗は朝から顔色が悪かった。
今はほんのりと夕焼けの色に包まれているが、それでもやや青白くて、今日のらしくない振る舞いにも納得がいくようだった。