第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
「瀬那さん、いらっしゃいますか?」
夕食の時間が遅れるとのことを伝えるために、瀬那さんの部屋へ向かい、扉越しに声をかけると、
『はい。どうぞお入りください。』
と小声で返事があった。
…声をひそめてどうしたのだろうか?
怪訝に思いながら、そろりと音を立てないように戸を開けて、目に飛び込んできた光景に驚いて固まった。
そこには、瀬那さんと、横たわる政宗が、いた。
瀬那さんは、口元に人差し指を添えながら、
大きな声を出さないように。
と瞳で語っていたので、
俺は、目の前の理解し難い光景への驚きを隠せなかったが、少しの時間を要して、なんとか声を出さずに、瀬那さんの栗色の瞳を見つめながら、頷いた。
あの政宗が、眠っていた。
あのへそまがりの政宗が、
虚勢を張るのが当たり前で弱味など他人に見せない政宗が、
どんなに疲れていても
どんなに傷ついていても
どんなに苦しくて辛いことがあっても
俺にすら、
隠し通せずとも隠そうとするというのに
心身ともに無理をおして痩せ我慢するというのに
今、目の前で、
すやすやと、
瀬那さんの腿に頭を乗せて
気持ち良さそうに眠っていることに心底驚いた。
…というか、
何故この瀬那さんは政宗に膝枕をしているのだろうか?
何があったらこんな状況になるのだろうか?
そもそも、
政宗は、いくら家臣の者たちからの酷い暴言と雑言があったからと言って、軍議を退席し、俺に丸投げしておいて、気持ちよく寝こけている場合ではない…のではないか?……ということに気づいてしまって、憤りを憶えそうになった瞬間、
『…小十郎さん。おつかれさまです。中へ、どうぞ。』
と瀬那さんは、先程よりも小声で俺へ入室を促した。
『政宗さんのことは、今日は叱らないであげて下さい。…軍議で、何かあったのでしょう?政宗さん、酷く顔色が悪くて、とてもお疲れの様子でいらっしゃったので、私が強引にお膝を貸したのです。』
そういって、
『まさか本当に横になるとも、こうやって眠ってしまうとも思ってなかったんですけどね。』
と困ったような、けれども嫌そうではなく、とても優しい表情で、ふわりと笑った。