第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
そんな残念なセンチメンタルに浸りつつも、それでも故郷はあるわけで、今は遠くに住んでいるけれど父母も健在ではあって、もちろん他愛のない話で楽しめる気のおけない友人だっているし、帰る場所はあるにはあるんだけれど。
夕陽に照らされた景色をこうして眺めていて、
(あぁ。会いたいな。)
と頭に浮かんだのは、
紫紺の瞳に
群青色のしなやかな髪
そして
人に在らざるけもみみとしっぽが愛らしい隻眼の人狼
伊達政宗
そのひとだった。
「瀬那。いるか?」
『え、政宗さん?あ、はい。ここにいます。どうぞ。』
今、まさに思い浮かべていたその人の急な来訪に驚いた。一呼吸おいても戸が開かない様子を見て、急いで部屋の戸を開けると、少し窶れたような薄い笑みを浮かべた政宗さんがそこにいた。
「急に、悪いな。」
『いえ。今日は終日軍議だと伺ってましたが、やっと終わったんですね。お疲れ様です。』
「……いや。軍議は……まだ終わっていない。」
てっきり軍議を終えて、何か用があって来たのだと思って受け答えすると、どうやら早合点だったらしい。
『え、じゃあ、どうしてこちらに?』
「……ふん。」
浮かんだ疑問をそのまま問うても、なぜ此処に来たのか詳細を説明する気はまったく無いらしい。
こうして訪ねてきてもらえることは嬉しいけれど、疲れを隠しきれないその雰囲気から、なにがあったのだろうかと心配してしまう。
同時に、
きっと今頃、小十郎さんが心を砕いて政宗さん不在の軍議を纏めようとしてるに違いない。
と想像して、思わず苦笑した。
『お疲れのご様子ですね。良ければ中へどうぞ?』
「あぁ。少し休ませてくれ。」
『お茶でも淹れてきましょうか?』
「いや、いい。肩を。」
『肩?』
「その…。肩を貸してくれないか。少しだけでいいんだ。」
へそ曲がりで人見知り、警戒心の強い偏屈な性格に、出会ったばかりのころはなんて人なんだろうなんて思ったけれど、最近になって、たまに、こうして素直な一面を垣間見たりすることが増えてきて、少しは気を許してもらえたような気がして純粋に嬉しい。
『もちろん。』
壁際の文机の前に置いておいた長座布団を部屋の真ん中へと引っ張り、そこに足を崩して座ると、政宗さんも隣に腰掛けて、こめかみをこつんと私の肩に当てた。