第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
青空に今日はもう店仕舞いの太陽の橙色が混ざり、薄い鰯雲を背景に烏の群れがかぁかぁと賑かに帰宅の徒についていた。
部屋の窓を開けると少しだけひんやりとする風が肌を撫ぜた。
夜を待つ夕暮れの空に上弦の月がうっすらとその姿を現し、まるでそれは御簾を挟んだ向こう側にいるようで、高貴で気高く、そして儚く見えた。
(まるで政宗さんみたい…。)
なんとなく、そんな気がした。
今日は朝から軍議だと聞いていたけれど、終日、政宗さんはもとより小十郎さんにも成実さんにも会えていない。
夕餉のお手伝いでもと思ったけれど、お声がけしたタイミングでは既に料理番さんが手際よく下ごしらえをした後で、たまにはのんびりするといいなんて優しく部屋に帰されてしまって、手持無沙汰なまま太陽を見送ることになってしまった。
神牙の世界に来てから、色々と最初は大変だったけれど、気づけば伊達軍のこの生活環境に慣れてしまっている自分がいた。
辛くなる前に早く去りたい気もするけれど、去るには名残惜しく感じている自分がいる。
―――かぁ、かぁ、かぁ―
烏が煩いくらいに鳴いている。
『からすがなくからかーえろっ。』
子供の頃に友達と遊んだ帰り道、そう声をそろえてさよならしたなぁ。と、とりとめもないことを思い出し、元の世界のことを考えてしまったことを後悔した。
帰る場所。
いつかは戻る場所。
きっと戻らなければならない場所。
こんなきれいな夕暮れを見たのは何時以来だろうか。
子供の頃は見ていたのかもしれない。けれど、少なくとも最近はこんな景色とは無縁の生活だった。
いつからだろう。
仕事に追われるのが当たり前になって、日が暮れてからようやくオフィスから帰路につく生活が普通になってしまっていた。
こうして神牙にいる間に仕事はどうなってるだろうか。あの案件の納期は…あのプロジェクトの進捗は…。
会社なんて私一人がいなくなったって潰れるわけじゃないし、プログラムを組める人間なんて五萬といるわけで、だれかが帰りを待ってくれているというよりは、目の上のたん瘤のような奴が一人減って済々している人たちのほうが多そう。
元の世界で思い出すことは、仕事のことばかり。
恋人もいない一人暮らしの家で待つ人など、誰もいない。その事実が胸を突き刺して、自嘲めいた感傷に襲われて思わずため息が漏れた。
