第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
『……んっ…・・・。』
「ようやく起きたか?」
目が覚めると、そこには長秀さんがいた。
目の前というには目の前過ぎて、近すぎて、くっつきすぎていて、しかも長秀さんが私の頬に手を添えて優しく微笑んでいた。
『…夢…?』
心の声が実際の声になっていたらしく、
「馬鹿。現だ。」
と、頬を摘まれてぐぃっと伸ばされた。
『にゃ……い…いひゃいです。にゃがひでさん。』
ぼんやりと夢をみていたようなきがする。
清々しい妙な気だるさを全身に感じながら、順番に、思考を、視覚を、触覚を起動していく。
どうして今こうしているのかを一瞬では思い出せなかった。
お風呂上りに見上げた空の月が綺麗で、
長秀さんに逢って
一緒に晩酌をして
盃に月を映して……
その先は、
あぁ、そうだ。
――――私は、私の熱を、彼の熱を、憶えている。
「一夜の夢を結んだというのに、そのまま勝手に眠るな。」
『っ。』
「…どんな夢を見ていた??俺の名を呼んだだろう?」
『えっ…と、夢は覚えてないですが、あのっ、近いです!』
「ん?猫みたいにすり寄ってきたのはお前のほうだ。」
『えぇっ!?』
そして、眠りから徐々に起動した感覚からの信号を受け取り、気付いた。
長秀さんの左腕に腕枕されていることに。
長秀さんの右腕にぎゅぅっと抱き寄せられていることに。
自分から長秀さんの背に腕を回して身体を押し付けていることに。
そして、この感覚がお互いに何も身に着けていないから伝わってきていることに。
「ったく、何が甘え上手になりたい、だ。あんた、ほかのやつの晩酌に付き合うなよ?のぼせたせいか、酒に酔ったせいか知らんが、その甘え方は反則だ。」
『反則…?』
「だから、無自覚なのが一番厄介なんだよ。俺以外の奴、勝家は勿論、光秀にも、蘭丸にも、それに、信長様にも許すなよ?」
夜伽の相手をさせてたまるか、なんて過激な言葉が聞こえたけれど、珍しく必死な様子の長秀さんが可愛くて、伝えていいのかためらっていた心の内を少しだけ伝えることにした。
『今日は、長秀さんが甘えさせてくれたんじゃないですか。』
そっと微笑んで、彼の腕に、恋慕の熱を込めて、キスをした。
そして、自分の心の蓋をそっと閉じた。