第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
瀬那は、酒は好きなようだが、湯上がりもあって、既に酔いが回っているらしい。
たいした量も飲まないうちに、茶色の瞳がとろんとして、唇の赤が増し、白い肌がほんのりと桃色に華やいでいる。
その潤んだ瞳で、俺をじっと見つめて、うっとりとしている様は、普段の彼女からは想像できないほど妖艶だ。
自分がどんな表情をしてるかわかってるのだろうか。
どんな男が見ても、魅力的で誘ってるとしか思えない。
ただでさえ、彼女は、その身に流れる血に由来する甘い香りを身に纏っているのだ。
月牙族として本能的に誘引される、甘い芳しい香り。理性で抑えてはいるが、身体の奥が疼き、欲していることに気づかないふりをする。
(あまりにも、瀬那は自覚がなさすぎる…。)
夜に寝間着姿で男の部屋にのこのこやってきて、潤んだ瞳で熱っぽく見つめることの意味を。
他の奴にそれをやったらどうなるのか、容易に想像できる展開が脳裏を掠めただけで、嫌気がさすほど嫉妬してしまう自分にため息が出そうになる。
(すこし灸を据えてやるか。)
その細い腰に手を回して抱き寄せれば、瀬那は、あっという間に俺の胸に身体を預けた。
当の本人は何が起こったのかわからずにいるようだが。
(ったく、無防備なんだよ。しかし、細っせえ身体だな。)
漸く状況を理解した瀬那の口が煩くなる前に、強硬手段で静かにさせる。
『長秀さん!…っん。』
瀬那の体温が触れてるところから伝わってくる。
赤く艶やかな唇は、熱を持っていて、柔らかく、甘い香りが口の中に広がった。
(…甘い。)
瀬那が身を捩ろうとするのを、腰に回した腕と後頭部に添えた手に僅かな力を込めて阻止しながら、ゆっくりと唇を味わっていると、徐々に瀬那の身体から力が抜けていくのが分かった。
『…っん……んんっ…。』
さらに唇をぺろりと舐めれば、面白いほど敏感にぴくっと身体を震わせる。
『っ…!』
(名残惜しいが、これくらいにしてやるか…。)
ゆっくりと腕の力を緩めると、くたりとした身体を俺に預けて、
『…っはぁ。』
と空気を求めた。