第3章 この子うちに泊まる気だ
グツグツと煮立った鍋の音に混じって、低い男の声に呼びかけられた。
調節レバーを捻ってヒーターを消す。
「おい」
振り返ると、すぐ後ろで男が機嫌の悪そうに眉を寄せていた。
「ごめんね、夕食まだできそうにないよ」
「急かしに来たんじゃねぇ。風呂借りていいか訊きにきたんだ」
お腹が空いて機嫌が悪いのかと思ったけど、そうじゃないらしい。
思えば、出会ってからずっと不機嫌な顔のままな気がする。
初めは私がやらかしたせいかと思ってたけど。
どうやら彼は普段から目つきが悪いタチなのかもしれない。
あれか、いつも機嫌悪そうで、怖くて本人には絶対に話しかけられないんだけど、実は影では人気のある、あの孤高のイケメンキャラか。
「風呂入りてぇんだけど」
もう一度催促される。
その顔は私に断られるとは微塵も思っていない、ふてぶてしい表情。
見た目のせいで皆には勘違いされるけど、実は性格は優しいんだよ、というよくあるギャップ萌えパターンではないらしい。
「あーじゃあ、タオルとか着替えとか後で持っていくから、お風呂使っていいよ」
「だったら今渡せよ」
「……今料理で手が放せないんだけど、後でじゃダメなの?」
「自分が風呂入ってるとき、他人に脱衣所入られんの気持ち悪りぃだろ」
しかも神経質。
ここ私の家なのに……こいつ、遠慮ってもんを知らんのか?
しかし彼の目は早くしろと言っていた。
「も〜わかったよ。ちょっと待ってて」
手に持っていた菜箸を置いて、私はタンスに向かった。