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君はオレの全てで、生きる意味なんだ。

第2章 『オレは宮代 海人(みやしろ かいと)だ』


 ニコリともせずにオレを見下ろす前野 百合華という女子生徒はふわりと心地よい甘い香りを振りまいてオレの隣の席に座った。

(嘘だろ?何でオレの隣なんだ!?)

 前野 百合華自分の席に姿勢よく座ると、教卓の前で唖然としている担任に、続けてください、と声を掛けた。すると慌てたように担任が明日からの予定を手短に語り、今日はこれで解散となった。

 クラスの人間が家に帰るのか、はたまた出掛けにでも行くのか我先にと狭い教室のドアを出ていくと、教室はまるでさっきまでの喧騒がなかったことのように静まりかえった。

 いつもなら静かになった教室に居るのはオレ一人の筈なのだか、この日は少し違った。

 あいつが、前野百合華が、自分の席、いわゆるオレの隣の席でなにやら小難しそうな厚い本を読んでいたのだ。

「……」

「……」

 これが教室の端と端にお互いがいたなら、たぶん今ほどは気まずくはならなかったと思う。隣同士というのは、だいぶ居心地が悪い。

 この気まずい空気を無かったことにするべく、オレはまたもや両耳にイヤホンをねじ込んだ瞬間。

「ねぇ」

「!?」

 なんと前野百合華がオレの真隣に立っていた。驚いたオレはねじ込んだばかりのイヤホンを急いで引き抜いた。

「なんだよ」

「その、さっきは叩いてしまって…ごめんなさい」

 別に叩くつもりじゃ無かったの。

 彼女がそういって自分の荷物を持って教室から出ていこうとしたその時、チャックが閉まりきっていなかったバックの隙間から小さな手鏡かカシャンと、音を立てて落下した。

「おい、これ」

 拾い上げた手鏡は薄紫色で、はい背面には綺麗な蝶が二匹あしらわれている、凝った作りになっていた。普通に買ったらそれなりの値がしそうな代物だった。

「ッッ!?」

 振り返った彼女の顔は悲しそうな、焦ったような表情をしていた。こちらに駆け寄ってきた彼女はオレの手から、引ったくるように受け取った。

「気をつけろよ。大事な物なんだろ?」

 呟くような小さな声で「ありがとう」と言った彼女は手鏡を大事そうにバックの中にしまいこんで今度こそ教室から出ていってしまった。

 何故かオレは一人きりになった教室の中で、漠然とした寂しさを感じたのだった。

  


 

 
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