Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第5章 「吊られし者」THE HANGED MAN
﨔木「惨劇が起きてからでは、遅いんです! 例え昨夜が無事でも、今宵が安全である保証なんて、どこにもないじゃないですか!…時間切れです、処刑します」
生田「だから、誰を? もしかして、先生?」
﨔木「いいえ。人狼は、お前だよ…アララギ!」
塔樹「ほう…この私を化物認定とは、興味深いじゃないか。何故そう言い切れる?」
﨔木「お前は俺達の中で、最も理知的に行動して来た。生田と星見ちゃんを、この密室の『村』に導き、俺達と寝食を共にするよう仕向けた…それは、俺達を襲う意志があったからだろう!」
塔樹「売れない三流作家並みの迷推理、いや妄想とは恐れ入った。策士を以て人狼など、片腹痛い。もしヒトが哺乳綱(こう)食肉目(ネコもく)イヌ科の獣類(friends)に『退化』すれば、脳容積も縮小し、その言動に大幅な変化が見られると思うが?」
﨔木「遺言を受け付けました。では、ゲームオーバーです」
﨔木夜慧は、トリガーを引いた。
天満「夜慧! やめなさいっ!」
﨔木「死ねえェーッ!!」
斎宮「やめろ! よせっ!」
間に合わなかった…。
生田「あ…塔樹君!」
塔樹「…済まない…みん、な…」
凶弾は塔樹無敎の心臓を貫通し、彼の背後に掛けられていた白板(whiteboard)と、更にその背後の窓ガラスに痛々しい痕を刻み込んだ後、再び「村」は静まり返る。だが、それも一瞬でしかない。
斎宮「死ぬな無敎、死なないでくれ! 死ぬ前にせめて、俺のセーブデータを返せぇーッ!」
﨔木「…ふっ…はははっ…これで、俺達は助かった…人狼は死んだ、俺達は生き残った…俺はもう、何も失わなくて良いんだ! 友情も、未来も、何もかも! 俺は、今度こそ…守り抜けたんだ! 俺自身の、運命を…!」
斎宮「﨔木、手前(てめえ)…!」
斎宮星見が、その眼に明白な怒りを示すのとは対照的に、寿能城代は冷静な表情のまま、白板に接する窓を眺めた。室内の狂気染みた雰囲気にもかかわらず、レールガンで割れた間隙(かんげき)から、明るい直射日光が降り注いで来た。そして、パルス障害で使えないはずの、携帯電話を開いた。振り向く頃には、次の事態が待っている。
天満「…どうして? どうしてこんな事を! 答えなさい、長門夜慧っ!」