Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第2章 「隠者」THE HERMIT
斎宮「亡骸を放置すりゃ、変なのが伝染するリスクがあるだろう。それに、如何(いかん)せんこんな事態だから、一定時間経ったら復活…なんて事もありそうだ」
塔樹「心臓を撃ち抜いた上、火葬が良かろう。確実だ」
脳死・臓器移植などの生命倫理を議論する時、私達は「ヒトの脳(あたま)と心臓(こころ)、どちらが人命の『本体』か?」みたいな事を考えさせられるが、よもやこんな場所で「死の定義」と向き合う羽目になるとは、士官学院では想像にも及ばなかった。後始末を済ませ、ようやく水分補給の機会を得たわけだが、既に次の試練が、早くも待ち構えている。
斎宮「あぁ^~! ただの海洋深層水がこんなに美味いなんて、生まれて初めてだ(笑)」
生田「はぁ…疲れた」
塔樹「気を抜くな、未だ道程は長い」
斎宮「時計も止まってるし、何日気絶してたか分かんないけど、少なくとも丸一日以上、何も飲み食いしてないんだ…疲れて当然だろ? 餓死してないのが、不思議なくらいさ」
生田「自販機飲み放題は嬉しいけど、それとは別に、お腹空(す)いたよ…」
塔樹「如何にも、それこそが次の攻撃目標だ」
生田「攻撃目標?」
塔樹「呑川を渡河した対岸に、所謂(いわゆる)コンビニがある。その意味は、言わずとも分かるな?」
斎宮「そこに行けば、当分の生活必需品は、全て揃うって事か!」
塔樹「然り。店員が居なければ、金さえも要らん。但し…」
生田「但し?」
塔樹「店員や客が感染していた場合、店内は食人種の巣窟と化している可能性が高い」
生田「うわぁ…」
塔樹「また、我々以外の生存者達も、各々チームを組み、食料等を必死に探しているだろう。万一、柄(がら)の悪いグループと遭遇した場合、武力での争奪戦となる事も否定できまい」
斎宮「人間同士とゾンビの三つ巴、マジかよ…」
塔樹「そこでだ諸君、武器は使えるか?」
生田「僕達だって、ちゃんと標準装備は持ってるよ。ブレードやグレネードもある。ただ、心配なのは…」
斎宮「軽武装での任務だったから、持って来た弾薬は最小限だ。俺の『電戟(でんげき)ラケット』も、ミサイル爆発の衝撃波で、どこかバグってるかも知れない」
塔樹「君達の事だから、そうだろうと思っていたよ。これを使い給(たま)え。多めに確保して良かった」