Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第2章 「隠者」THE HERMIT
生田「き…君は、蘭木(あららぎ)君…?」
斎宮「おう、誰かと思えば訓(おしえ)じゃないか! 久し振りだな!」
塔樹「軽々しく呼ぶな、その名はとうに捨てた。今は『無敎』だ」
斎宮「改名したのかよ(笑)つーか、生きてたなら一言メールしてくれれば良かったのに」
生田「前の戦争で『2次元に撤退する!』とか言って、失踪したままだと思ってたよ」
塔樹「神は真理を、決して簡単に教えなどしない。それは実に、飽くなき観測を行う者にこそ、与えられる」
斎宮「言動が厨二電波なのは、相変わらずだな…」
塔樹「君達の浅薄短慮を忘却した事は、一度もない。知は力を、無智は死を齎(もたら)す。先刻の如く」
生田「日本語でおk」
斎宮「…まあ、助けてくれた事には礼を言う。それで、このゾンビみたいな奴は、一体何だったんだ?」
斎宮星見は、足下の首無し死体に目を遣(や)りながら、かつては自分と生田兵庫の旧友「蘭木訓」であり、今は「塔樹無敎(あららぎ むきょう)」と称して、二人の眼前に顕(あらわ)れた者に尋ねた。無敎は、表情を変えずに応じる。
塔樹「zombieとは、西アフリカ及びカリブ海ハイチ島などで信仰されている、蛇神の御名(みな)。そしてCaribは、イスパニア語ではCanibと発音され、食人の語源でもある…と、先日とある魔女から聴いた」
生田「そうなんだ…で、今の日本はどうなの?」
塔樹「正体は未だ不明だが、少なくとも『食人種』である事は確かだ」
斎宮「でも、こいつは間違いなく、俺達と同じ部隊に所属していた…つまり、元は普通の人間だったんだ!」
塔樹「可能性の域を出ないが、恐らく、かのミサイルに仕込まれていたのだろう。ヒトを食人種に変異させる、何かが…」
生田「例えば、人間をゾンビ化させるウイルスとか?」
斎宮「『生物兵器』ってやつか…まさか、モノホンと戦う羽目になるとはな…でもさ、外見は人間だ。あれを撃ち殺すのは、正直辛(つら)い…」
塔樹「惑わされてはならん。奴らは、人の身にして狼だ。殺(や)らなければ、喰われる…ここは宴だ、地獄のな。敵の前では、優しさすらも、罪を犯し得る」
生田「面倒な事になったなぁ…で、こちらの御遺体はどうするの?」