Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第2章 「隠者」THE HERMIT
そう言って塔樹無敎は、見慣れぬ形状の銃器を取り出し、二人に手渡した。先程、食人種の頭蓋骨を粉砕した物である。
斎宮「これは何の限定アイテムだ? 訓、お前って奴は、相変わらず変なグッズを買い集めて…」
塔樹「左フレミング法則に基づく、レールガンだ。火薬ではなく、電磁力(electric force)を加速原理に用いているから、充分にチャージすれば、光に近い超高速で発射できる。此度(こたび)の如く、確実に貫通させ、一撃で仕留めるべき敵に対しては、最適だ」
斎宮「これが? リニア電動機みたいな物か」
生田「あ…蘭木君、凄いじゃないか! 一体どこで、こんな『秘密道具』を?」
塔樹「元来は、地球に落下する小惑星・隕石を迎撃する兵器、所謂『対小惑星隕石砲』に使われていた技術だが、2次元をハッキングした時に、その設計図データを入手した。理論上は小型化できるはずだと思って、指揮下の『ミリオン シスターズ』に試作させた成果だ。地下シェルターに保管して置いたから、先日のパルスによる影響も無視できる」
なるほど、これが「バーチャル アララギ」などと称された無敎の本気か。かくして武装を整えた一行は、呑川を渡り、件(くだん)の店舗前に到着した。
斎宮「ここだな…」
停電によってライトは消え、自動ドアも閉じたままであるため、ここからでは、暗い店内を充分には確認できない。しかし、明らかに不吉な気配を感じる。そして、扉が防弾ガラスでない以上、誰かが撃てば、全てが始まる。
塔樹「構えろ」
生田「は…はいっ!」
塔樹「再度言うが、弾道の射線…即ち力の作用方向は、電流と磁場の向きに規定される。ターゲットをロックオンしたら、後はタイミングだ。それさえ過誤しなければ、勝てる」
斎宮「了解、任せろ!」
塔樹「…撃ち方、始め!」
電流加速によって放たれた射撃が、次々とガラスを破砕し、街の小さな城砦(じょうさい)は、瞬(またた)く間に丸裸となった。生田兵庫・斎宮星見・塔樹無敎が見据えた先には、禍々(まがまが)しく蠢(うごめ)く人影の姿。それは人の身にして、人ならざる化物。直立二足歩行が、「ヒト」の定義から乖離し始めた日。万人が万人に対して戦う時、人間は人間に対して狼と成る…。