第21章 第3部 Ⅶ
――――――『えぇ。その通りです、お嬢さん。それがあれば、お嬢さんの恋心を知りながらも、あのように他の女と睦み合っている男に、懲罰を加える事だってできますとも! 令呪とは、サーヴァントを律するための道具。自害を命じることだって、不可能ではないのですから!』
――――――『えぇ、その通り! お嬢さんには、それだけのお力と、何よりも権利があるのですから!』
私は、寵姫の愛撫を受けるアヴェンジャーを見て、シェイクスピアの言葉に、心を動かされてしまった。私は、アヴェンジャーと他の女が睦み合っているのを見て、―――――エドモン・ダンテスが愛した女性と、当の本人が親しく寄り添い合うのはむしろ当然なのだけれど―――――、それでも、図々しくも欲深くも、赦せないと思ってしまった。あの時、少しでも目の前の光景を壊すことができるのならば、いちばん大切なアヴェンジャーを傷付けることを、天秤の秤に乗せてしまった。あの時の私は、切り札である令呪を、アヴェンジャーを害するために使うだとか、そんな方向に、気持ちを傾かせてしまっていた。マスターであるとかいう以前に、人として踏み外そうとした。その時点で、私は致命的に狂っていた。私は、私を赦してはいけない。最低最悪のマスター。最低最悪の女だ。
「―――――――。」
アヴェンジャーは、長い溜息をついた。
それを聞いた次の瞬間、私の身体はぐらりと前へ傾いた。ふわりと、引き寄せられる身体。
でも、私は。
両手を覆っていた自分の手を、咄嗟に前へと突き出して、その胸を押し退けた。
無意識の行動だった。
慌てて、アヴェンジャーの顔を見る。
「――――――ぁ……。」
アヴェンジャーのこんな表情は見たことがない。
ひどく、傷ついた表情だった。
でも、それはほんの一瞬だった。
アヴェンジャーは、すぐに帽子のつばを下げて、顔を逸らした。