第20章 第3部 Ⅵ ※R-18
「……誰だ?」
不自然なぐらい唐突に、エドモン・ダンテスの背後に立っていた、ひとりの老人。どこかで見たような気がする……。いや、気のせいだろうか?
「エドモン。」
しわがれた、弱々しいおじいさんの声。
(あぁ……!)
思い出した。結婚式にときに、一際笑顔だったおじいさんだ……!
エドモン・ダンテスは、振り返らない。それどころか、時が止まってしまったかのように、微動だにしない。
「戻って来てくれて、ありがとう。信じていたよ。」
しわくちゃの顔で、めいっぱい笑顔を作って、おじいさんがゆっくりと話し始めた。
「何も言わんでもいい。お前が、悪いことなんて何にもしていなって、知っておったからな。こんな形になってしまったが、こうしてまた、生きとるお前に話し掛けられているだけで、幸せだ。お前が生きとるだけで、それでいい。」
おじいさんは、そう言いながら、更にその皺を深くして、笑っている。その皺に、目から零れ落ちた涙が入り込む。もしかして……、いや、もしかしなくとも、このおじいさんは、エドモン・ダンテスの、実の父親ではないだろうか。
このセリフが、シェイクスピアによって創られたものなのか、それともエドモン・ダンテスの記憶から再構成されたものなのかは分からないけれど、エドモン・ダンテスのお父さんは、きっとこう思っていたに違いない。
「随分な目に遭ったな。だが、もういい。もういいのだ。あとは、せめて穏やかに、……愛する者と共に、静かに暮らしなさい。それだけが……」
最後の言葉は、夕焼け空に溶けて、消えていった。いつの間にか、エドモン・ダンテスのお父さんは、いなくなっていた。
太陽が沈む中、エドモン・ダンテスは、ひとつの墓標の前で立ち尽くしていた。その背中は、随分と小さいものに見えた。