第10章 補完&後日談
(――――――俺の負け、だな。)
男は帽子と外套を取り払い、少女の傍らへと静かに腰を下ろした。
少女はほんの少し、満足そうに微笑んだ。幾らかの時間が過ぎ去ったが、少女は特に何をするでもなく、男を見ていた。男としては、見ていてそう面白いものでも無かろうにとも思うが、あえて口に出すことはしなかった。
ふと、少女の手が男に伸びだが、それも一瞬のことで、少女はその手を引っ込めた。
一度であれば見逃そうとも思ったが、幾度か繰り返されてしまえば、気になるというものだ。少女にしてみれば、特に狙って取った行動ではないのだろうが。
「何をしている?」
そう声を掛けてみれば、少女の体は面白いほどにビクリと跳ねた。ベッドのスプリングにもその振動が伝わり、男の体もわずかに揺れた。随分と分かり易い反応をするものだ。そこは、年相応の少女なのだろう。
「え、いや、えっと、その……。」
少女の態度は、数多の英霊を従える主人とは思えぬほどに、純朴だった。そんな少女に、復讐鬼たる己が深入りすることは、果たして赦されるのであろうか?―――――それは、避けられぬ問いだ。
(――――――いや、今更だな。)
元・特異点/冬木市にて、男は自ら、少女に唇を重ねた。1度目のキスは、そうする必然性があっての事だ。緊急事態における措置とも言える。マスターとの契約を維持するために必要な儀式であったとも言える。本当ならば、口付けよりも効率の良い方法もあったのだが、あの状況でそれを行うことは、マスターへの負担が大きすぎる。あの場においては、およそ最善の選択であったと言えるだろう。2度目の口付けも、そうだった。戦闘で魔力を消費してしまったために、魔力が不足していた。マスターに令呪を消費させずに宝具を開放するためには、必要な戦略的行為だったのだ。しかし、3度目の口付けは、違った。確かに、魔力は消耗していたが、緊急性は無かった。少女は魔力供給の為だと解釈したようだが、あれは違う。最後の口付けだけは、違うのだ。少女に対して「莫迦」等と口にしながら、あの場で――――いや、今だって最も愚かなのは己自身だと、男は内心で自嘲した。