
第1章 【心はじじい】 道具と人の狭間の話(男主)

「なあ、へし切長谷部よ。刀とは元来どういうものだ?」
キョトンとした顔で私の顔を見る。
その姿に笑ってしまいそうになるが、グッと抑える。
きっと彼は私が自分達を理解しているか否かを測れないでいるのだろう。
一年ばかりの付き合いだが、人の心は語らねば伝わらない。
「俺は、刀とは道具だと思っている。それは眺めるものではなく扱うものだ。扱うものがいなければただのガラクタでありよく切れる鉄の塊に変わりない。」
へし切長谷部が付いてきているのを確認しつつ、部屋への歩みを進める。
私の言葉へ少し揺れる気配は傷ついたのか当然だと思ったのかはわからないが、先ほどの消えてしまいそうなほどの弱々しさはない。
「だから、私は刀を労わらないし眺めもしない。使わないのならば私には必要ない。」
着物の裾を持ち上げて、持っていないアピールを背後に向けてすると私が言わんとしていることに気づいたのだろう。
短く声を漏らした。
私は「刀」の話をしている。
あくまでものである刀の話だ。
「しかし、君たちは刀であり人だ。借り物でも付喪神でも人の体を有するならば労わらねばならない。眺めることはしないが傷を負っては欲しくない。自立した思考がある以上、要望も受け入れねばな。」
部屋の襖を開ける。
外より少しだけ寒い部屋は襖を開ければ少しずず暖かくなっていく。
目当ての書簡を手にとって、へし切長谷部の方へ振り向いた。
呆けた顔の頬が少しだけ赤い。
「私は君たちを刀という道具として扱うことはできない。君たちは桜のように己を己の道具として使うために人の体を得たのだからな。道具があって動けるならば私にできるのは手助けだけだ。」
だから、私は眺めることもしない。
かといって道具としても扱わない。
だが、君たちがきちんと勤めを果たせるように尽力する。
来年も美しい桜を眺めるために、そうするように。
私は、少しでも長く共に戦えるように手入れをして体を労って共に過ごして心を労わる。
「主は、狡い方ですね。」
書簡を受け取ってへし切長谷部が小さく微笑む。
どっちつかずの回答だったが彼は答えを得たのだろうか。
「戦う私たちより、あなたの方が大変じゃないですか。」
「苦労とは比べるものではなく分かち乗り越えるものだよ。」
労わることは分かつことだ。
眺め、使うだけじゃ分かつことはできやしない。
