第1章 【心はじじい】 道具と人の狭間の話(男主)
「なぜ、桜を見ていたのですか。」
部屋に向かう道中でへし切長谷部がおもむろに聞いてきた。
足袋の裏に感じる木の冷たい感触に背筋を少し震わせながら、その問いにどう答えるべきか迷う。
「そう…だな。日本人の風習というものだろうか。」
端的に言えばそういうことだろう。
他に当てはまると言えば「季節感」とかだろうか。
少なくとも、「桜の花を眺める」ことを「季節感」や「風習」と受け取るのは日本人だけだろうが。
「美しいものを人間というものは眺めたくなるのだ。ずっとその美しさを保って欲しいとも願う。たとえ花というものが眺めるのではなく使うものであっても、美しいと思えば眺めてしまうものなのだ。」
それに、使うのは咲き誇る桜自身だ。
私たちに扱うことはできないい。
手助けすることはできても直接扱うことはできないのだ。
「主は、私達も…そうだと思っているのですか。」
主語のない問いが飛んでくる。
はて、どういう意味合いで問うてきたのだろうか。
質問の意図が察せず、後ろを振り返るとへし切長谷部が迷いのある瞳でこちらを見ていた。
それを問うていいのか迷う瞳だ。
主語をわざと濁したのだと思い至って「どういう意味だ。」と望まれる言葉を返す。
「主は、私達が折れることを酷く避けようとしています。」
「ふむ、その通りだな。」
「私達が出陣から帰るととても心配してくださいます。」
「ああ。そうだな。」
「それは…使うのではなく眺めたいからなのですか…?」
ああ…なるほど。
桜と自分達の状況を鏡のように見てしまったのか。
確かに、間違いではないだろう。
そういう趣向で博物館やらに展示されている刀達もここには多くいる。
眺めるために刀を集める変わり種もいる。
だから私もその類の人間であると思っていると。
私が答えないからか、へし切長谷部は悔しそうに唇を噛む。
桜の花びらが舞う暖かな光と風の中で浮かぶその姿は美しいなと思ってしまう。
恐らく、こんな感情が彼らを不安にさせてしまうのだろう。