第5章 魅惑の女性
あの後、少しだけ休憩を続けて合宿所へと戻った。さすがに全体練習の方も終了しているようでグラウンドに選手たちの姿はない。ただひとりを除いては。
「あれ、緑川じゃないか?」
「え?」
校庭に足を踏み入れてすぐに風丸が彼に気づいたようで声を上げた。花織は風丸の視線を追い、緑川を探す。緑川は一人で今も走り込みをしているようだ。
「緑川くん……」
心配そうに花織の眉根が寄せられる。先日も朝早くから練習をしていた。やっぱり無理をしているのか。それとも何か悩みがあるのだろうか。そういえば、今日の朝もあまり食が進んでいないようだった。花織はじっと緑川を見つめる。風丸はそんな花織の肩を叩いた。
「気になるのか」
「えっ……。うん、少しだけ……」
花織が風丸に気を遣ってか小さな声で返答した。お互いに嫉妬深い性格だから互いに異性への関心をさらけ出すのは禁忌だと感じているのだ。だから言い訳がましく、だが彼女の本心を風丸に弁明する。
「なんていうか、その……。悩んでた時の一郎太くんに今の緑川くん似てるような気がして」
花織が気遣うように風丸に言う。だがそう感じているのは事実だ。でなければここまで心配にはならない。本当なら今すぐ声を掛けに行きたいところだが、風丸の手前そんなことはできない。
一方、風丸の心は穏やかだった。それは先刻の出来事があったからかもしれないし、あの一連の事件で花織の気持ちが揺るぎないものだとわかったからかもしれない。ただ一つ言えるのは、彼は以前よりも花織の異性への干渉に対して寛容になったということだ。
「よかったら、後で話を聞いてやってくれないか?」
「え?」
思わぬ言葉に花織が驚いたように目を丸くする。あの風丸が、他の異性の話を聞いてやれなんて言うなんて、花織は考えてもいなかった。風丸の表情を伺ってみるけれども、いつも通りの穏やかで頼もしい彼だ。
「あの時の俺みたいって、相当悩んでるんだと思うから。花織は話を聞くのが上手いし、選手じゃないから俺が聞くより話してくれるんじゃないか?」
清々しいほどに風丸が笑う。純粋にチームメイトを心配しているのだ。花織は首を縦に振って彼の提案を受け入れた。