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諸恋

第4章 微細な変化




「おやすみ、一郎太くん」

花織が静かに目を閉じる。もうこれも習慣化している。風丸は流れるように花織の肩に手を掛けてそうっと顔を寄せた。ふたりの唇がゆっくりと触れ合う。

「おやすみ、花織」

茶色の瞳が優しく少女を見つめている。少女はその瞳に答えるように笑った。でもその微笑はいつもよりも別れがたそうに風丸には見えた。切なげな瞳が風丸を見上げる。

「……ほんとはもう少し一緒にいたかったな」

今にも消えてしまいそうな声だった。風丸は目をハッと見開いた。花織はまた明日ね、と風丸に背を向け手を振って扉に手を掛ける。その手を風丸は掴んだ。そしてぎゅうと背中から花織のことを抱きしめる。

「えっ……、一郎太くん?」
「もう少し一緒にいるか」

風丸が花織の耳元で囁く。

「監督にバレなければ問題はないだろ」

優等生の風丸に有るまじき発言だった。自分が吐き出したその言葉の意味を風丸は完全に理解していなかった。でも花織は何かしらを悟ったようで、りんごのように頬を赤らめて風丸を振り返る。口元を手で覆い隠して風丸から視線を逸らしている。

「ダメだよ。……私のせいで一郎太くんを規則違反にできないから。今日は戻るから」
「……」
「ごめんね、私が我儘言ったから……。……一郎太くん」

するりと風丸の腕からうまく花織が抜け出す。風丸は何も言わずに花織を見ている。花織はやっぱり面映ゆしさから口元を右手で隠している。

「また明日、ね」

そして彼女は逃げるように部屋を出て行った。残された風丸は言いようのない虚無感を覚えながら花織のいない部屋に座る。手に残る柔らかい感触、いい匂い。逃がすつもりなんてなかったのに。強引に花織を引き留めそうになっていたのはむしろ彼の方だった。

「……花織」

部屋に残った彼女の香りが酷く心をかき乱す。

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