第3章 恋人の距離
「ありがとう。でも無理はしないでくれ。ただでさえマネージャーも大変なんだから」
「無理じゃないよ。自分でやりたくてやってることだから」
花織は自分の頬に触れた風丸の手に触れて目を伏せた。私は本当にこの人が好きだ。この人のためなら何だってできる。だからもっと役に立ちたい。そして少しでも傍にいたいと心からそう思った。
穏やかな時間が流れていた。だがそれを遮るように学校のチャイムが鳴る。この宿舎は一応元学校であるため、鈴がなるのだ。起床時間の朝六時、消灯時間の二十二時の一日二回。今の鐘は消灯時間を告げるものだ。
「もう部屋に戻らなきゃ……。明日も頑張ってね、一郎太くん」
風丸の手を離し、花織はゆっくりと立ち上がる。その横顔はどことなく寂し気で、名残惜しさが滲んでいた。胸にはどうしてか込み上げるような痛み。明日もまた一緒なのになぜこんな気持ちになるのだろうか。
「花織」
気持ちを覆い隠して靴を履き、部屋を出ようとする花織を風丸が呼び止める。彼の声に花織が振り返れば風丸は花織の肩に手を置いて顔を寄せた。不意打ちとも呼べるその一瞬の行為に花織は少し驚く。
「一郎太くん……」
「おやすみ。明日も頑張ろうな」
普段と変わらない言葉と彼の姿。それだけで花織は心まで満たされて思わず泣きそうになってしまう。それをこらえて花織はおやすみ、と彼に返し彼の部屋を出た。廊下の明かりが既に落とされていて非常灯だけが付いている。花織は力が抜けたかのように風丸の部屋の戸に背を預けて持たれかかった。
「……」
そっと彼が触れた自らの唇に指を這わせる。締め付けられるように胸が苦しくて、息を吐くのもつらい。何がこんなに胸を締め付けるのだろう。雷門に入学してきてからずっと。何度も離れかけてしまったけど、一緒なのに。きっとこれからもそうであるというのに。幸せで満たされているはずなのに……。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。