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諸恋

第3章 恋人の距離




風丸に手を引かれて花織は部屋へ入る。合宿が始まったばかりからかもしれないが、彼の部屋は整理整頓がされていて、散らかっているところは全くなかった。花織と風丸はベッドを背もたれに隣り合わせで床に腰を下ろす。花織は自分の心臓が少しずつ早くなっていくのを感じた。いつもふたりでいるはずなのに、隣に座る彼の温もりだったりシャンプーの匂いをいつもより強く感じて妙に緊張するのだ。

「ごめんね、疲れてるのに急に押しかけてきちゃって」
「構わないさ。俺も花織と話したかったから」

屈託なく笑って、風丸は花織の手を握る。どき、と花織は心臓が大きく脈打つのを感じた。手なんていつも握っているはずなのに、なんだかすごく胸が苦しいような気がした。そんな自分の感情を誤魔化すように花織は言葉を紡ぐ。

「今日の練習どうだった?見てる感じ、すごくハードだったから」
「ああ……。確かにちょっとな」

風丸がすこし疲れたように笑う。花織はその表情から彼がやはりいつもよりも疲れていることを悟った。

「でも世界で勝っていくために必要なことだ。やるしかないさ」

それでも彼は前を見据え、頼もしく笑う。それは確かに彼の心の成長を感じさせた。以前後ろ向きになってすべてに絶望した彼はもういない。花織も風丸につられて笑顔になった。そして何よりここまで頑張る彼のために自分にできることがないかを頭の中で巡らせる。

今まではずっと、どうやったら一緒に走れるかを考えてきた。もちろんこれからも風丸と一緒に走っていきたいと思う。でも今は、彼が世界の舞台で走れるように最高のサポートをすることがマネージャーとして、彼の恋人としてできることではないだろうか。花織はそんなことを想う。

「私にできることなら何でもするよ。一郎太くんのためになるなら、なんでも」

花織が風丸にやわらかく微笑む。風丸も花織の顔を覗き込んで笑った。そしてゆっくりと花織のほうへと手を伸ばす。
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