第3章 恋人の距離
花織は静かに廊下を歩き、風丸の部屋の前に立った。選手とマネージャーにはそれぞれ個室が与えられている。選手たちは二階と三階の部屋を、マネージャーは四階の部屋を使っている。原則的に選手がマネージャーの部屋を訪れるのを禁止するためだ。
もしかしたら、部屋にはいないかも。
ふと過った考えに扉を叩こうとした花織の手が止まる。今は選手たちの自由時間だ。友人と遊んだり語らったりするために彼は他の誰かの部屋にいる可能性がある。いや、この部屋に誰かを呼んでいる可能性も。
それぞれが友人と一緒にいる時間。そういう時間は互いに尊重するようにしている。花織が秋たちと語らう時間を風丸は邪魔しないし、花織も円堂たちと語らう風丸の時間を邪魔したくはないと思っている。
とりあえず、ノックしないことにはわからないか……。
花織は弱めに扉を叩いてみる。そして小さく彼の名前を呼んだ。中でパタパタと音がする。十数秒の間に、部屋の扉が開いた。
「はい。……ああなんだ、花織か。急にどうしたんだ?」
どうやらノックの音は聞こえたが、花織の声は聞こえなかったらしい。風丸は部屋から顔を出し、花織の姿を視界に捉えて目を見開いた。部屋の中から声はしない、どうやら一人のようだ。
「特に用はなかったんだけど……。ちょっと、会いたくて」
少々口ごもりながら花織が呟く。会いたい、なんて今まで何度も使ってきた言葉なのに少し気恥ずかしく感じた。それは今日一日中ずっと顔を合わせていたのに、風丸を恋しく思ってしまう自分を恥じた感情からかもしれない。
もちろん恋人のそんな言葉を風丸が嬉しく感じないわけはない。素直すぎる彼女の言葉に一瞬動揺したが、彼は花織に優しく微笑み、花織の手を引いた。
「ここじゃ何だから、入れよ」