第1章 始まりの予感
花織の言葉に風丸が苦笑する。陸上部の人間ももちろん花織と風丸の関係を知っている。特に同級生である彼ら二人はよく風丸と花織の関係をからかうのだ。それほどふたりが仲睦まじいのだともいえる。恋人としてもそうだが、ふたりは単純に気が合うのだ。
「だから、今から会いに行くのって自慢してきたの。そしたら二人とも少し呆れてた」
くすくす、と花織が笑うあんなことがあったからこそ、花織にとって風丸と過ごす時間はなお大切になっていた。さりげなく惚気つつ、さらにはそのせいで走る羽目になっちゃったと言いながら彼女は身体を伸ばした。
「だからウォーミングアップはいらないよ。もう体は温まってるから」
「そうか。でもストレッチだけはちゃんとしておけよ。怪我なんてしたら洒落にならないからな」
そういいながら風丸が肩をすくめる。そう、彼らは今日もここでふたりきりの練習をするつもりなのだ。実力差は遥かに開いてしまっているが、それでも風丸は花織との練習に時間を割いてくれる。デートなどは練習が忙しくとてもできないからこれがふたりのデートの代わりだ。
「うん。……よし」
風丸の言葉に頷き、彼女は髪を結いあげる。風丸ほどではないが高い位置で結んだポニーテール。あれからまた髪も伸びたからようやくこの結び方ができるようになった。髪を結び、気を引き締めて花織はぐっとこぶしを握る。
「今日もよろしくね、一郎太くん」
「ああ」
風丸が花織の笑顔に微笑む。この日々はただただ幸せだった。実力も何も関係なく、ただ楽しいサッカーができる日々。彼らが望んだ日常だ。ふたりだけで風を身に纏える時間がそこにあった。
だが彼らはまだ知らない。またこの日常を揺らがす大きな波乱の日々がこれからふたりを待ち受けていることを。