第14章 スタートライン
あの日、鬼道が花織を傷つけたたった一度の過ち。鬼道が何度後悔したかわからないあの瞬間。花織は静かに頷く。鬼道の言いたかった言葉を確かに肯定した。
「全て違っていたと、今でも思います」
「……そうか」
鬼道は悲し気に笑って息を吐いた。彼女にはもう何を言っても仕方がないのだとわかった。もうずっと前からきっと決めていたことなのだろう。今日この日にこうして俺に別れを告げることは。だが、鬼道にも譲れない気持ちがある。
「お前がそういっても、俺たちには変わらないものがある。それは俺とお前が親友であるということだ」
「……鬼道さん」
少しだけ花織の表情が曇った。それでもこの関係を親友と呼ぶのか、と言いたげだった。鬼道はただただ花織を見つめる。ああそうだ、この関係をこれからも親友だと肯定していく。
「俺も最後に……。特別からただの友人に戻る前に、俺もお前に言っておきたい」
鬼道は静かにゴーグルに手を触れて、それを取り払った。完全にクリアな世界の中に愛する女性の姿が映る。美しい、誰とも似ない緋色の瞳。花織はその瞳に静かに息を飲みこむ。何も言わずに鬼道の言葉を待ち続ける。彼の唇が静かに愛を紡ぎ始めた。
鬼道有人は、人生で最後の愛の告白を彼女に告げた。
「俺はお前が好きだ、どうしようもなく。これ以上もなく、お前を想っている。きっとこれからもそれは変わらないだろう。……この想いが終わることは無い」
鬼道さん、思わず彼女はそう彼の名前を呼んでしまう。散々泣いたはずなのに、またも目頭が熱くなるのを感じた。これだけ想われているのにそれに答えられない自分の心を今でも恨めしく思うことがある。それでも彼女の心は揺れはしない、彼女は涙を堪えて鬼道を見据える。鬼道の表情が緩んで、穏やかに花織に微笑んだ。
「……それだけだ」
鬼道はそう言って花織に背を向ける。ゴーグルを装着し、一歩前へと踏み出し教室の出口へと向かって歩いていく。花織はただその姿を見送った。追いかけることは無かった。ひらり、と鬼道は花織に手をふって振り返らずに前を歩いていく。
「卒業、おめでとう。花織」