第12章 彼の秘密
だがその行動に意味はなかった。むしろ逆であった。離れよう、そう思うたびに彼女のことが気にかかった。自然と目で追うようになっていた。繕って笑い、悩む彼女を見ていてチクチクと胸が痛んだ。イタリア戦、影山総帥との試合を控えていてもなお、彼女のことが心配だった。むしろ彼女の無理に気付かない風丸の鈍感さに若干の苛立ちを覚えるほどに。
鬼道はじっと階下にいる黒髪のポニーテールの少女を見つめる。ただ見つめるだけで愛おしい。ふっと鬼道の口からため息が漏れた。
「鬼道」
ふと声を掛けられて鬼道は振り返る。薄暗い廊下を潜りバルコニーへ出てきたのは佐久間だった。まだ朝も早いのに早朝練習でもする気だったのだろうか。そんなことを鬼道は考える。
「佐久間……」
「一体こんな朝早くから何を見ているんだ?」
おそらくぼうっと鬼道がバルコニーから外を眺めているのが気になったのだろう。佐久間も鬼道と同じように柵に手を掛けて鬼道と同じ景色を眺める。そして彼も階下を覗き込めば目に映ったのは美しい黒髪の少女。
「……月島か」
ため息を交えたような声で佐久間が呟く。彼は鬼道の恋心を知っているから、鬼道がそこまで熱心に外を見ている理由を簡単に察した。佐久間はちらと鬼道の顔を見る。鬼道は少女を見つめて微笑んでいた、だがその微笑にはどこか寂しさが滲んでいる。
「……佐久間」
鬼道が小さな声で呟く。階下の少女が走り出そうとしたその時、鬼道たちの視線に気づいたのか彼女は振り返った。ここからでもよく見える。彼女は紛れもなく鬼道を見つめて笑顔を見せ、ひらひらと手を振った。鬼道はそんな彼女の愛らしい所作に口元を緩ませて手を振り返す。やはり、無理だ。
「俺はどうすればいいんだろうか」
走り出してしまった彼女の後姿を見つめて、消えてしまいそうな声で囁く。無理だ、諦めることなんて。この愛を捨ててしまうことなど俺にはできない。鬼道はぎゅうと手に持った青いマントを握りしめる。今はもう使わなくなった、彼女が繕ってくれたそれを今も大切に仕舞いこんでいる。自らの心と同じように。