第10章 彼女の苦悩
ヒロトは花織に微笑みかける。花織は黙って話を聞いていた。ヒロトは花織の表情を見ながら語る。彼女はきっと、自分が恋い慕う彼のためにかつての自分のように無理をしているのだ。
「父さんのために、自分自身が望まないことだってやった。俺がエイリア学園のグランとしてやってきたこと、キミも知ってるだろう?」
大切な人のためにならどんなことだってできる。かつて彼女自身がそう言っていた。ヒロトもそう思ってどんな悪事を働いてきたことだろうか。幸いにも彼女がしているのは自分を追い込むことだけだが、それでも彼女体を壊してしまうような無理なのだろう。
「だから君の、大切な人に相応しくなりたいって気持ち、分からないわけじゃないけど」
ヒロトはそっと花織の髪を撫でる。自分がこの子の大切な者であるならば、今のままでいいんだと言葉をかけ、抱きしめるのに。何も気負うことはないのだと彼女を説き伏せることができるのに。
「俺は君に無理をしないでほしいな。君が元気に傍で笑ってくれていたら、彼はそれで満足だと思うよ」
ヒロトは彼ではない。だから憶測でしか語ることができない。花織は俯き、ヒロトの言葉を黙って聞いていた。炎を映して揺れる瞳からひとしずく、涙がこぼれ落ちる。
「……本当に、そうだったらいいのにな」
ヒロトに隠れて涙を拭い、花織は微笑む。ぱちぱちと薪が萌える音がする。花織は膝を抱え込んで、ヒロトを見上げた。ヒロトの言葉は彼女に響いている、だがそれでも彼女の心を動かすほどの力はない。
「ごめんね、励ましてくれてありがとう」
花織が作り笑いを浮かべる。普段の楽しそうな彼女とはやはり違う、無理した表情。二人の間に沈黙が流れた。ヒロトはそっと花織の肩を抱き寄せる。彼女はそれを振り払ったりしなかった。ただじっとヒロトではなく、目の前の赤く燃える炎を見つめている。ヒロトは切なげに目を細める。
俺じゃ、君の心を動かせない。
あの時の俺と同じ。きっと頑張る理由となる”誰か”の言葉でなければ。