第10章 彼女の苦悩
それじゃあ、と言ってウィンディが電話を切ろうとするとあっ、と引き留めるような彼女の声が聞こえた。ウィンディは素早くぴったりと受話器を耳に当てる。
「どうした、カオリ」
『ううん、なんでもないよ』
花織は優しい声でウィンディに言う。
『……今日も練習頑張ってね、ウィンディ』
「……っ」
きゅん、とウィンディの胸が鷲掴みにされたように締め付けられる。彼女が掛けてくれた何気ない一言はウィンディにとって最高の殺し文句だった。彼の褐色の頬にほんのり赤みが差す。
それじゃあね、と電話が切られ、虚しいコール音が響いてもウィンディは浮かれる心を落ち着けるのに必死だった。ドキドキと今も大きく拍動する心臓を落ち着けながらウィンディは受話器を置く。腰に左手を当てて、にやける口元を右手で隠した。とっても素敵だ、彼女は。
「楽しそうだな、ウィンディ」
舞い上がる気持ちを噛み締めていたウィンディを茶化すような声が呼ぶ。我に返ったウィンディが背後を見れば、彼のチームのストライカー、ゴーシュとケーンの姿があった。
「愛しのハニーにでも連絡してたのか?」
バン、と手を銃のように形作り、打つような動作と共にゴーシュがウィンディを茶化す。ウィンディは顔を真っ赤にしてゴーシュから目を逸らした。
「ま、まあ……。そんなところだ」
「ヒュー、やるじゃないか」
ゴーシュが口笛を吹き、感心したようなからかうような口ぶりでウィンディに言う。ケーンは穏やかに笑ってウィンディに言葉を掛ける。
「あの時の黒髪の子でしょ、ウィンディ。よかったじゃないか。話、できたんだろ?」
「一体何を話してたんだ?」
面白がっているゴーシュと、幼馴染のウィンディの恋路が微笑ましいとばかりに笑うケーン。ウィンディは益々照れくさそうに口元を抑える。彼女にストレートな言葉をぶつけるのは得意だが、周りから指摘されるのは少々恥ずかしかった。
「べっ別になんだっていいだろ!……俺、少し走ってくる」
ウィンディが風のように早く真っ赤になった顔を隠してその場から逃げ去る。残されたゴーシュとケーンは彼の後姿を見つめながら言葉を交わし合った。
「ウィンディ、朝練は終わったって言ってたのに」
「いいじゃないか、やる気も出たみたいで」
時刻は午前六時半。爽やかな朝の出来事だった。