第9章 畏友
「すまない、待たせたな」
風丸が急いで階段を駆け下りてくる。ユニフォームからジャージに着替えており、微かに制汗剤の匂いもした。練習で疲れているはずなのに彼は何でもないように微笑んで花織の手を握る。
「行こうか、花織」
***
風丸は紺色の傘を、花織は薄桃色の傘をさして街へ出た。雨の日はじめじめするし、練習ができないというのがかなり痛い。だが、こうしてふたりで語らいながら歩けるというのは悪くないとお互い感じていた。普段は忙しくて中々ふたりきりになる時間がないし、アジア予選の時には彼の自室へ訪室していたように彼の部屋を、夜間花織が訪れるのは色々危ういからやめようとふたりの間で決めていたからだ。だからこそ、こうして何も気にせず彼女と話ができることは風丸にとっては特に良い機会だと感じている。
「花織、疲れてないか?」
「ううん、平気だよ」
ふたりで過ごす時間を少しでも長くとりたいとお互いに思っているものだから自然と遠くまで足を伸ばしてしまった。買い物したものは全部風丸が持っているがかなりの距離を歩いてきただろう。でも花織もこの程度で疲れるほど体力がないわけではないし、純粋に風丸とふたりきりで過ごせる時間を楽しんでいた。先日は一緒に過ごすことがあまりできなかったからなおさらだ。
「一郎太くん」
「ん?」
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
にっこりと心の底から嬉しそうに花織が風丸に微笑む。風丸はそんな花織に思わず胸をキュンとさせられる。彼女がとても愛しくて堪らなかった。本当なら今すぐに手を繋ぎたいくらいなのに、傘と荷物とが邪魔をしてそれができないのがじれったい。
「いや、俺も花織と居る時間ができてよかった」
「……うん」
目を細めて幸せそうに花織が風丸を見つめる。ああまだ帰りたくない、ふたりきりでいたい。どこかへ寄り道をしようかと風丸が花織に提案しようとしたその時だった。