第8章 遠ざかる光
「花織」
決して肯定はしない花織のことを見つめて風丸は花織の頬を撫でる。花織は困ったように微笑んで違うよ、と風丸の言葉を否定する。
「もちろん、一郎太くんと過ごしたい気持ちはあったよ。でも私、今日は元々買い物の用事があったんだ。……ごめんね、心配かけちゃったね」
本当のことは言わずに花織がさらりと嘘をつく。本当は風丸と過ごしたくて堪らなかったくせにありもしない事実を述べて風丸を安堵させる。風丸は花織の言い分にそうなのか?、と半信半疑の様子だった。
「うん。……一郎太くん、遅くなっちゃうけど今から私とデートしてくれる?」
花織が風丸を見上げて少し首を傾げた。風丸は頷く。
「もちろんだ。どこか行きたいところがあるのか?」
「ううん」
花織は風丸の胸に身体を預ける。彼の温もりを感じながら沈みゆくサンセットを眺めた。風丸もつられて彼女の視線を追った。真っ赤な夕日が海に飲み込まれていく。
「もう少しだけ、このままでいい……?」
ぎゅっと風丸のジャージの胸元を握る。風丸は一層花織の腰を抱いてああ、と花織の言葉を受け入れた。花織は風丸がどこにもいかないように彼のジャージにしがみ付く、そんなことしかできない。それでも彼は遠い。
誰よりもカッコよくて、優しくて頼りがいがあって。誰よりも速い人。私の何より大切な人。彼はどんどんひとりで先を走って行ってしまう。こんなに近くにいるのに、彼は遠い。
「花織」
風丸が花織を呼ぶ。花織が顔を上げれば風丸の右手が花織の顔を持ち上げた。柔らかい感触が唇に残る。彼はいつもの優しい微笑みで花織を見つめる。
「好きだ」
「……私も、一郎太くんが好き」
今は自分を好いてくれるこの人が離れていかないように、繋ぎとめていられるように。相応しい人間であれるように。花織はそんなことを思いながら、彼のジャージを握りしめる。風丸はそんな花織の手にそっと触れて自分の手を握らせた。