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諸恋

第8章 遠ざかる光




***

彼は早朝からランニングをしていた。誰よりも速くあるためにトレーニングを積むのは苦ではない。コトアール街からずっと真っすぐにセントラルパークを目指す。さほど時間はかからない、俺の足に掛かれば。

ちょうど折り返し地点に差し掛かった時、ふと別の方向から同じようにランニングをする人物が見えた。こんな早朝から走っている、ということはどこかの国の代表だろうか。彼は少しその人物に興味を持った。定めていたコースを少し外してその人物とすれ違うように走る。

顔を見れば後でどこの国の代表か調べられる。俺にとっての危険因子は事前に知っておいた方がいい。そんなことを思いながら彼はその人物の横を走り抜けようとした。

「……っ」

彼は思わず足を止めて振り返った。……今のは。彼は今、目の前を駆けていった人物を見た瞬間、衝撃が自分の中に走るのを感じた。

結い上げられた艶やかな黒髪が朝日に輝いていた。彼女が走るたびに揺れてきらきらと、白い肌に浮かぶ汗すら輝いて見えた。間違いない、あの開会式で見た日本人の少女だ。

でも。

すれ違った時に見えた凛とした面持ちは意志の強さを感じさせる。開会式で見たときの楚々とした微笑とはまた別の印象を感じた。何より走るフォームが無駄なく美しい。恐らく彼女は速い、本気を出せば。

思わず彼は走ってきた道のりを引き返す。全力で風になり、目の前を走る黒髪の少女の手首をつかんだ。

「えっ……?」

急に腕を掴まれた少女は困惑したような顔をして彼を振り返った。少しだけ息が切れている。当たり前だ急にペースを乱されて足を止めさせられたのだから。少女は大きな瞳を揺らがせて彼を見つめる。目があって思わずどきっと少年の心臓は一際大きく拍動した。少年はその少女の一つ一つの小さな所作に見惚れていた。

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