第5章 お台所と料理人 の段
後に残されたのは、明らかに動揺を残したままの半助と、そんな教科担当をジーッと見つめるきり丸。
半助は片手で目を覆い、わずかに広げた指と指の隙間からきり丸を見ながら、ポソッと呟く。
「突然、何てことを言い出すんだ、お前は」
その声はシッカリときり丸の耳に届いた。
「感謝して下さいよ、土井先生」
きり丸は、笑いをピタリと止めて、台所に消えた後ろ姿を見つめる。
「さん、ああ言えばちょくちょく来ますよ、きっと」
きり丸は、『』ではなく『』と呼び、はっきり言い切った。
視線をから外さず、ジッと見つめたままのきり丸。
つられて半助がそちらを向くと、後片付けをする数人に混ざって台所でニコニコと皿を洗うがいる。
台所の中で楽しそうに盛り上がる様子から、すっかり半助達の会話は聞こえていないとわかる。
半助達の周りにも、他の生徒はいない。
それでも半助は、わずかに声を落とし、きり丸に問いかけた。
「なぜそう思う?」
目を覆った手は外し、真剣な両眼をきり丸に向けると、きり丸はを見ているのに、なんだか遠い目をしたまま答える。
「理由というか・・・許しがいる人だと思うんですよ、さん」
「許し?」
半助が聞き返すと、きり丸はわずかに頷く。
「来ていいよってちゃんと言ってあげなきゃ来れない人じゃないかなぁ、って。軽いノリの人に見せかけて、実は変に気を遣う人だと思いますよ、あの人」
これまでの生い立ちやアルバイト経験から、人の心情を読むことに長けているきり丸。
小さな子供でありながら、その目はをそう位置付けていた。
「だから、軽く『ここに貴方の居場所がありますよ』って教えてあげたほうがいいと思うんです。先生の家を使ったのは申し訳なかったですけど」
多少申し訳なさそうに顔を伏せるきり丸に、半助は頭の上にポンッと手を乗せるの優しく微笑む。
「あそこはもう、お前の家でもあるだろう?」
そう笑いかけると、きり丸は一瞬泣きそうな顔をした。
許しがいるのは、きり丸も同じなのかもしれない。
『お前の家』と言われ、きり丸は泣きそうなりながらも照れた様な顔を必死で隠す。
そして、ポソッと
「土井先生からもちゃんと言ってあげて下さいね」
と微笑んだ。