第5章 お台所と料理人 の段
「土井先生、気持ちはわかるけど、早く食べないともったいないですよ」
きり丸がまだ動かない半助を『もったいない』とたしなめる。
椀からはまだ湯気が立っている。
きり丸の言う事はもっともだ。
半助は素直に頷き、箸を手に食事を始めた。
「・・・これ・・・なんか懐かしい気が・・・」
半助は、少し食べて、きり丸を見た。
きり丸も、半助の言った事が通じたのか、困った様に笑う。
「土井先生も、そう思います?」
「あぁ」
半助は促されるかのように、他の料理にも口をつける。
それは、食堂のおばちゃんのように、劇的にうまいわけではない。
普通にうまい。
だが、うまいとは別に・・・
(・・・なんだか、いいなぁ)
料理には、故郷の癖が色濃く出やすい。
乱太郎は不思議に思っていないようだが、摂津のきり丸、福原の半助、いずれもが幼少に見知った味に恐らく近いのだろう。
箸を持つ手が震える。
そのままゆっくりと食べ進めると、先に食事が終わった生徒から、次々と食堂を後にし始めた。
「きり丸、私、これから保健委員会の仕事があるから! 土井先生、お先に失礼します!」
と、きり丸と半助に声をかけ、乱太郎も先に食堂を後にする。
まだ食事を終えていない半助は、同じく席についたままのきり丸を見た。
ほとんど食べ終えたきり丸は、物言いたげに半助を見ている。
「どうした、きり丸」
半助が聞くと、きり丸は首を傾げた。
「いや、土井先生がいつ練り物相手ににらめっこ始めるのかと待ってたんですけど・・・普通に和え物食べてるなぁと思って」
「えっ?」
言われて、半助は慌てて和え物の入った鉢を見る。
だがそこには別に・・・
「練り物なんか入ってたか?」
鉢を持ちながら半助は首を傾げる。
今まで箸に当たらなかっただけかとシゲシゲと眺めるが、やはり練り物らしき姿はない。
半助はきり丸に鉢を傾けながら、
「ほら」
と中身を見せた。
「あっれ~、おかしいなぁ~? 刻んだヤツが入ってたのに」
きり丸は鉢を覗き込んで、やはり首を傾げた。
と、そこに。
「ここ、お邪魔していいですか?」
『』が自分の膳を片手に近寄ってきた。
その姿からは、すでに割烹着は取り払われ、わずかに額に汗が浮いている。
「ああ、もちろん」
半助はすぐさま答え、笑い返した。