第4章 土井先生と同居人 の段
「きり丸って、『摂津』なんですよね」
が聞くと、半助は頷いた。
「あぁ、そうだよ」
それ以上、半助は言わなかった。
それを見て、は少し目を伏せ、
「摂津・・・」
と呟いた。
「?」
押し黙ったに、半助が問うような視線を向ける。
それに気づいたは、わずかに陰りを帯びた表情を見せ、呟いた。
「私も、摂津には少し縁がありまして」
それだけ言うと、は笑う。
その顔は、今まで半助が見たの表情の中で1番、憂いを帯びた笑顔だった。
儚いとまでは言わない。
憂いの中に、凛とした強さも感じる。
だが、同時に切なくもある顔。
半助は思わずに手を伸ばしかけ、慌てて腕を止めた。
触れたらそのまま抱きしめてしまうかもしれない、そんな危うさが漂っていたからだ。
「くん・・・」
半助は、名だけ呼ぶ。
は、少し黙った後、今度は柔らかに半助に微笑んだ。
「ありがとうございます、おやすみなさい」
はそれだけ言うと、半助に断り、先に布団に入る。
屋根があり、布団があり、ましてや人の温かさがある・・・それがどれだけ幸せで、大切で、ありがたいことか。
は天井を見上げたまま呟いた。
「警戒する必要もなく、危険を感じることもなく、下心なく、見返りも求められず・・・それでありながら誰かが共にある事がどれだけ幸せか・・・」
それだけ言うと、は体を横に向けた。
半助からは、その表情は見えない。
半助は、黙って教材に筆を走らせながら、の気配を感じていた。
やがて、から硬い気配が消え始め、そして・・・
「こうして眠れる事は、幸せですよね」
そう呟いたのは夢うつつか・・・
は静かな寝息をたてて眠りについた。