第1章 きり丸の拾い人 の段
自分の声が夜風とともに耳に響く。
その音に、半助は自分で驚いた。
本当は違う事を聞くつもりだったのだ。
それすなわち、『学園へ行きたい理由は何なのか?』と。
だが、口を割って出た言葉は、利吉についてだった。
「利吉?」
も意外だったのか、聞き返してくる。
「あっ、ああ・・・そうだね。利吉君は知ってるのかなぁと思って」
言葉が少し乱れるのを隠し、半助は再び問うた。何を知っているのか、とまでは口に出さない。
出さずとも充分通じると思ったからだ。
(利吉が『=女』を知ってるかって事だよね?)
案の定、は迷わず理解し、首を縦に振る。
「知ってますよ」
あっさりと頷く。
「おかげで、アイツとの仕事は楽で助かります」
はうっすら微笑んだ。その笑顔と言葉に、半助は自分の心の臓が鈍く痛むのを感じる。
(まぁ、そうだろうとは思ったけど・・・付き合いもそこそこ長そうだし、仲良さそうに見えたし)
思いながらも、一番の原因がそんな事でないという事にも、半助はすぐ気付いた。
そう、が半助に秘密を話したのは、あくまでも『利吉の兄上的存在』だからだ。
山田利吉=信頼たる仲のよい人物
土井半助=その利吉の兄上的存在
の中にあるその図式に、すぐ半助は気付いたからだ。
(子供じゃあるまいし、何を勝手に利吉君を羨んでるんだか、私は)
そう思いつつも、何だか黒い闇が自分を覆うのを止められない。
「そろそろ帰りません?」
暗に『いつまでこの体勢なんだ?』と言いたげに、は息を吐く。
夜風は気にするほど冷たくない。いっそこのまま寝てやろうかとは考えたのだが、寝床の方が心地はいい。
(土井先生なら何もせず寝床に寝かせておいてはくれそうだけど)
さすがにそれは悪いと思ったか、は『早くして下さいよ』と目で訴えた。
その視線を感じたものの、半助はまだ聞かずにいられなかった。
「ごめん、やっぱりもう1つ」
警戒されない様に無意識にニコリと笑顔を作る。
本当は聞くはずだった『学園へ行く理由』はまだ聞けていない。
それなのに、口を突いた言葉は再び違う物だった。
「このまま君に口付けたら、利吉君はどういう反応をすると思う?」