第10章 誰のための敬礼
午後の訓練を終え、リヴァイはふと、自室へと向かっていた足を止めた。
外から見た兵舎、その中の彼女の部屋に人影があったのだ。
忙しいと言っていたが、今ならそこに彼女がいる。
王覧試合とやらの話を付けに行くならば早いほうがいい。
これではまんまとハンジに乗せられたようなものだが、今回はそれでも構わない。
次いつ彼女を捕まえられるかわからないなら、確実な今を選ぶべきだ。
「アゲハいるんだろ、入るぞ。」
数回ノックをしたが返事はなく、けれど中には人の気配があった。
ドアを開けると思わず顔を歪めてしまった。
もともとだらし無い所があったが、脱いだ服や何かの書類が床に散乱していた。
「っち!掃除もまともに出来ねぇのかよ。」
性分なのか、汚いと思いながらも落ちているそれらを拾い始めてしまった。
思えばこうして彼女の私室を片付けるのは久しぶりだ。
つい昨日のことのようだが、だいぶ前のことのようでもある。
拾い集めた書類をトントンときちんと揃えテーブルへ。
衣類はシャワー室の方に置かれているカゴへ入れておこうとドアを開けた。
『ん?』
「なっ!!」
濡れて黒みを帯びた赤毛は、背中の真ん中まで伸び、湯で温まったのだろうほんのりピンクに染まった裸体が目に飛び込んできた。
『あれ、リヴァイ?』
慌ててドアを閉めたリヴァイは、彼にしては珍しいほどに動揺していた。
女の裸なんて見慣れていたはずだ。
今更それを目にしたからといって動揺する程ウブではない。
それに欲情する程溜まっていたわけでもない。
アゲハの裸体が初めてだったから、だろうか。
それとも女だと意識していなかったからだろうか。
ドアを閉めたのに鼓動が治らない。
『ちょ、リヴァイ!ドア開けて!出られないでしょ!』
「出るなバカ!服を着ろ!」
『そうしたいけど、服はそっちなの!』
冷静に考えればすぐにわかる事。
だが、だからと言って自分が手を離したらきっとアゲハのことだ、すぐに出て来て着替えようとするに違いない。
『だから退いてよ、ドアが開かない!』
「出るなら少し待て!」
『はぁ?もう、なんなのよ!』
リヴァイはそう怒鳴ると彼女の部屋を飛び出した。
全く、なんでいつもいつもこうなのだろうか。
彼女には振り回され、自分のペースを狂わされる事ばかりだ。