第10章 誰のための敬礼
外ドアに寄りかかって大きく溜息をつく。
手に彼女の脱いだ服をそのまま持って飛び出した事に気が付き、また溜息が出た。
『どーぞ。』
すぐに入室を許可する彼女の声が聞こえ、そっとドアを開けた。
丈の長いシャツを着て、まだ濡れている髪をタオルで拭いながらアゲハは苦笑いをしていた。
『ゴメンね、ビックリさせちゃったみたいで。』
「女だろ!鍵ぐらいかけろよ!」
あはは〜と笑って誤魔化そうとするアゲハに、本来ならば怒られるべきなのは自分だとは言い出せず、八つ当たりをしてしまった。
しばらくぶりに交わす会話がこれだなんて、変わらない事が嬉しいような悲しいような。
『シャワーしに来たの?』
「違う。お前、なんか俺に話す事があるんじゃないか?」
リヴァイに話すこと?と本気でわからないのか、眉間にシワを寄せて考えて始める。
ブツブツと思い付いた事を口に出してはいるが、どれもこれも的外ればかり。
確かに部屋の掃除をサボって散らかしていた事も悪い、読み終えた書類はちゃんとしておけと言っていた事も守ってはいなかった、けれどそれは全部、自分が彼女の部下だった頃の話で今ではない。
『あーっと、ゴメン!思いつき過ぎてわかんない。』
顔の前でパチンと両手を合わせ小さく頭を下げる姿は、とても自分より上官には見えない。
実際、年齢は彼女の方が若い。
「どれも違う。」
『なら、なに?』
「王都行きの話しだ。」
げ!とアゲハはあからさまに苦い顔をした。
『えっと…、どこまで聞いちゃった?』
「来月、王都に行って試合に出させられるって所まで聞いた。」
全部知ってるのね、と彼女は観念したのか肩を落として弱々しく言った。
別に出たくないわけではなかった、直接彼女から言われたのならば素直に頷いた。
けれど自分の知らない所で知らないうちに話が進められていたのが気に入らなかった。
『やれそう?』
「命令か?」
『出来ればしたくないの。ミケから聞いてるよ、まだ敬礼出来てないって。』
ピクっとリヴァイの顳顬辺りが動く。
彼女の部下ではなくなったときから、ずっともう自分のことなどたくさんいる兵団の一人としか見てもらえていないと思っていた。
それに、そうなるのが当然だと思っていた。