第21章 ワルツ
にわかに会場内が騒めくのは、次に流れる曲がワルツだと暗黙の了解があるからだろう。
男達は各々にダンスのパートナーのもとへ行き、女達は彼等からの誘いを待つ。
そしてこちらにも、そんな女性からの視線が向けられる。
「行けよ、俺は便所に行ってくる。」
リヴァイはそう言うと会場に背を向けた。
ヨハン子爵はランスロット伯爵の奥方様をダンスに誘う。
ランスロット伯爵は中年の恐らく奥方様のご家族なのだろう女性をダンスに誘った。
ヨハン子爵を見送ったあの若い女性は、そっと下がった。
それを若い貴族の男達は獲物を見つけたという目で見ていた。
「?!」
考えるよりも体が先に動いていた。
獲物を前にジワジワと距離を詰めていく連中の向こう側からこちらを見た彼女の口が「たすけて」と動いた様な気がしたのだ。
まっすぐに彼女に向かい、他の連中を追い抜いた。
顔の半分が隠れる宝石や羽根で飾られた仮面の下、大きな目には見覚えがある。
「踊って頂けますか?」
その大きな目が驚きに満ちている。
差し出した手にそっと小さな手が重なる。
「そう緊張なさらず。震えていますね。」
ビクッと手を引っ込めようとしたが、逃さない。そしてタイミングよく、音楽が流れ始める。
「…君は嘘が下手だな。」
そっと腰に手を当て、彼女を他にはバレない様に抱き寄せた。
『いつから気が付いてたの?』
「たすけて、と呼んだのは君だろ?」
何度も彼女と夜会には来ていたが、こうして踊るのは初めてだ。
『…怒ってる?』
「少し。」
『ごめんなさい。』
小声で交わされる会話。
リズムに合わせてお互いが一番近い距離になった時にこっそりと伝え合う。
「許せないな。」
『え?』
ヨハン子爵がアゲハに着せたドレスが、とても彼女に似合っている事が許せないとエルヴィンは言った。
普段の彼と口調も声色も変わらないが、仮面の下の目は笑ってはいない。
これは本気だ、と折角のダンスだと言うのにアゲハは苦笑いを浮かべるしかない。
本当は自分だってこんな事はしたくなかったと言ったところで言い訳にしかならないだろう。
『私が短気を起こさずちゃんとしていればこんな事にはならなかったのに…?!』