第3章 寮にて
天童の上機嫌な状態は夕方まで続いている。練習中でさえ、監督に罵られてもそのにやけた顔は何ひとつ変わらない。本人曰く、「今日の俺、恋のスイッチが入ってるー」だそうだ。
俺にはよく分からないが。
それより、サーブの安定性をいかに向上させるかをずっと考えている。
夕食を済まして、しばらく片付けてから、俺は部屋に戻り、着替えを持って浴場に向かった。
学年順で入ることになっているが、今日は何故か人が少なかった。夕食後またコンビニに足を伸ばして夜食を買う連中が増えたようだ。大会が終わって他の三年生は気持ちが緩んだだろうが、俺にはそんな余裕はなかった。
服を脱ぎ、洗い場でお湯をかけて湯船に浸かる。そこにはすでに、楽しそうに話している天童と、眉をひそめながら聞いている瀬見がいた。
「若利くーん!遅かったね」と天童が俺に手を振った。
「楽しそうに話しているな」
そう言うと、瀬見が神妙な表情を見せた。
「今、英太くんにデートの相談にのってもらってる」
天童が俺に近づいてきた。「若利くんが来てよかった。ちゃんの好物、教えてくれない?土曜日、バレー終わったら一緒にカフェとかに行こうと思ってさ」
「俺は知らない」と俺は素直に答えた。
「へえ?うそ!若利くんの幼馴染じゃないの?なんで知らない」と天童が非難するような表情で俺を見た。「小さい頃一緒に何か食べたりしないの?」
そう言われて俺は記憶を探ってみた。小さい頃か。隣の家の娘で、一緒にバレーをやっていた仲間だった彼女と他になにかをしていたのか。
そしてバレー以外の記憶が薄い事に気づいた。
「やっぱバレー馬鹿にどんなことを聞いてもバレー以外の話は出てこないね。まあいいや、この近辺の女子が喜ぶカフェトップスリー、もう調べといたからね」と天童は何故か不満そうな顔をして、「じゃ、俺もう上がるわ」と俺と瀬見を後にして浴場を出た。
瀬見は無言のまま俺を見つめている。
「どうした」
「いや、なんでもない」
しばらく沈黙が続いている。
俺は、夕方の練習メニューを思い出しつつ、改善策を考えた。
サーブの練習のやり方、少し変更した方がいいだろう、と頭の中で対策を立ててみた。