第3章 寮にて
「あのさ、若利」
不意に瀬見の声が耳に入ってきた。彼の方を見やると、躊躇うような表情で、彼は言った。
「お昼の電話のことさ」
彼は、俺の表情をうかがいながら言い続けた。「その、お前の幼馴染に連絡を入れたほうがいいんじゃないかと思った」
「何故だ」
「ほら、彼女もきっと、お前からの電話に出たら、それがお前じゃなくて天童だったってことにびっくりしただろ」
俺は昼間の電話を思い出した。天童の隣りに座った俺にも、確かに向こうから、彼女の微かな声は驚いたように聞こえる。
「そんな風に聞こえたが」
「だからお前からちゃんと言ったほうがいいんじゃない?」
「そうか」
「女子はそういうことに敏感だって話どっかで聞いたから、やっとけば無難だろ」
「分かった。連絡しておく」
部屋に戻った俺は、瀬見の意見を参考にして、携帯を開いての名前を探し出した。そして、前は彼女にメッセージを送ったことはまったくない事に気づいた。
どんなふうに書いて良いのか。
俺には、そういう知識がまったくない。
そこで瀬見の声が思い浮かぶ。とにかく簡潔なやつが良さそうだ。
最後は、件名欄に「天童に電話を貸した件について」、本文に「驚かせて悪かった」と入力して送信した。
「若利」
そこで瀬見が湿った髪をタオルで拭きながら部屋に入ってきた。「どう?」と彼が聞いた。
「今送ったが」
「そう」と瀬見が俺の向かい側に座った。
その途端携帯が鳴った。返信が来た。
「若利先輩:
ご連絡ありがとうございます。大丈夫です。
土曜日の午後、お会い出来るのを楽しみにしています」
「早くね?」と瀬見が驚いた。
俺も返信の速さに驚いたが、不意に、もっと重要な情報を思い出した。
「は、確かチョコレートケーキが好きだったようだな」
瀬見はタオルを頭に被ったまま見張った。
「それは俺じゃなくて天童に言えよ」と彼は何故か嘆いた。
お会い出来るのを楽しみにしています、という彼女の返信を見つめた。
彼女が楽しみにしているのは天童の方だろうか。