第1章 何光年でもこの歌を口ずさみながら【同田貫正国】
(力になりたくともなぁ……。出来ることもそんなねぇし……)
同田貫はそう考えながら無意識のうちに莉央の髪を撫でていた。
「……ん。あ、たぬき、いつからいたの?」
同田貫がそれに気づいたのは、莉央が目を覚ました時であった。
彼は莉央の髪から慌てて手を離した。
「さっき来たばっかりだ。あんた、仕事も終わってねぇのに寝てていいのかよ」
同田貫は自身の行動を紛らわすように慌ててそっぽを向いた。
「あぁ、うん。ちょっと眠くなってきてさ。……毛布、掛けてくれたんだ。ありがとー」
莉央は同田貫ににっこりと微笑んだ。
「お、おう。まぁ……」
その笑顔に、自分の顔が熱くなるのを彼は感じていた。
「あ、そうそう。あのね、椿の木に蕾がついたの。もうすぐ咲くんだー」
莉央は作業を始めながら、傍らの近侍に語った。
「そうか。よかったな」
同田貫は興味なさげに返事をするが、視線は窓の外に向かっていた。
確かに椿の木には蕾がついていた。
「もし花が咲いたら、そこの縁側に出てさ、たぬきとここでお茶したいなー」
「なんで俺なんだよ。俺なんかよりも、そういうの好きなヤツなら沢山いるだろ。……俺には分かんねぇぞ。花とか、そういうの」
同田貫は頬を掻いた。
「んーそっかぁ」
莉央は残念そうに肩をすくめると、作業を続けた。
「だいたい、もうすぐ冬だぞ。そんな時期に外に出てたら風邪引くだろ」
同田貫は毛布を片しながら、半纏を取り出し莉央の肩に掛けた。
その時、彼の脳裏に男の声が浮かび上がった。
『約束たい。来年、戦から帰ったら一緒に椿の花でも、何でも見てやるけん……』
「ーーぬき……たぬき!」
莉央の声で、同田貫は現実へ押し戻された。
「え……?」
そこには、自分を心配そうな目で見上げる莉央がいた。
どうやら彼は、呆けていたらしい。