第16章 船のなかで
数分後、霧切の居る部屋に希灯が戻ってきた。
どうやら満足したようで、頬が緩んだ状態でソファに座る。
「……どうだったの?」
『えっとね、いくつか声が聞こえたよ。イズルくんと、もう1人の男の人の声。よく聞こえなかったけど、特に言い争ってるとか、何か2人して企んでるとかっていう雰囲気じゃなかったのは分かった。』
「そう、それなら良かったわ」
希灯は霧切が見たことの無い程嬉しそうな顔をしていた。
表現はしづらいが、まるで初恋の乙女のような、憧れの存在を一目見れただけで幸せいっぱいになる少女のようなオーラを醸し出していた。
『はぁー……イズルくんの声、久し振りに聞いたなー。あの素っ気ない感じがすごく懐かしい。』
ソファの背もたれに顔を埋めながら、悦に浸った様子で希灯は口いっぱいの息を吐く。
さっきから興奮状態の続いている希灯に霧切は多少驚いていた。
コロシアイ学園生活では「男も女も関係ない、惚れた腫れたもさっぱり無い」という脈なし具合だった。
男女どちらにも同じような愛想で相手をし、当たり障りのない人間関係しか築いておらず苗木もなかなか親密度を上げられなかった変に手強い存在だ。
そんな彼女がここまで心酔するだなんて、彼は……カムクライズルは一体彼女に何をしたのだろうか。
いや……それ以前に希灯は何なんだろう、と霧切は思う。
まだカムクラとどういう経緯で知り合ったのかすら訊いていない。
どこで、いつ、どういう理由で希灯がカムクラに惚れたのかを一応知る必要がある。
かつて超高校級の絶望の江ノ島盾子に魅せられた世界中の絶望達のように、希灯はカムクラのカリスマ性に惹き付けられて今のようになってしまったのかもしれない。
今は絶望だが、以前は確かに超高校級の希望だったのだ。
その時に希灯が接触していたのなら、何らかの影響をカムクラから受けた可能性がある。
それが後々どういう風に作用するのか分からない。もしかしたら絶望堕ちしたカムクラに付いて行動を起こしてしまうという事態も十分に有り得る。
霧切はこの際はっきりさせようとした。
「……ねぇ、希灯さん。カムクラとはいつ、何処で出会ったの?」
『え?。イズルくんとの馴れ初め?。』
「………まぁそうね、話してちょうだい」