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君と私と(非)日常

第11章 物陰の幽霊


『…………。』
何て答えたらいいのか分からず、黙り込んでしまう。
「………気のせいかな。赤松さんの足音に似ていた気がする……」
誰もいないと思ったのか、最原くんは独り言を洩らした。
落ち込むのはしょうがない。
最原くんと赤松さんは仲がとても良かった。
多分私たちの見ていた以上に2人はお互いを信頼し合っていたのだろう。
じゃないと……ほんの2、3日一緒に行動していただけの仲間の死に、ここまで嘆けないはずだ。
どうせ今私が会っても、彼を励ますことなんて出来ないだろう。
相手を元気付ける嘘が吐けるほど賢くも優しくもない。
帰るべきだ。
私はそう思って静かに研究教室の前から離れようとした。
だけど、どうにも足音は隠しきれない。
「……やっぱり誰かいるの?」
ドアが開かれる。
「……あれ? 誰も居ない。……やっぱり気のせいなのかな」
曲がり角の先の陰に丁度隠れることが出来たから、最原くんに姿を見られることはなかった。
「…………」
細い溜め息が聞こえた。
「幽霊とか、信じてないけど……もし仮にそういう存在があったとして、今の足音が赤松さんだとしたら、僕は君に伝えたいことがある」
動いたらまた足音を立ててしまう。
私は動くに動けなかった。
「赤松さん、僕は今日……帽子を取って1日過ごしたよ。僕はいつも自分に自信がなくて、誰かと目を合わせたりするのも苦手で……帽子を被ることで色々と自分を誤魔化していたんだ」
静かな通路で、最原くんの声だけが響く。
「でも、もうそんなことは辞める。君は僕が帽子を被ってない方が似合うって言ってくれたし……胸を張れって、自分を信じろって励ましてくれたからさ……。僕は君の想いに応えたかった。ちゃんと胸を張れる自分になれるように……僕は頑張るよ」
最原くんの声は穏やかな口調だった。
でも、微かにその声は涙を含んでいて、聞いてるこちらまで悲しくなってくる。
この2人の仲はやはり第三者には語れないものだ。
首謀者を仕留めるために人を殺し、友達を勇気づかせるために真実を暴かせた彼女も。
誰も居ない所に向かって誠実な事を言う彼も。
どちらも美しい存在であるのだ。
そんな彼らの関係なんて、他人が囃し立てるべきではない。
鼻を啜りながら最原くんが部屋に入りドアを閉めたのを確認すると、私はそのまま静かに帰った。
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