第1章 袖口から伝わる温度1【厚 藤四郎】
「あまり強く握ると手が痛くなるぞ」
「…っ、…ご、め、…っ」
「力を緩めてくれないか」
「……っ」
握っている彼女の手を見ながら、薬研には似つかわしくない優しい声で彼女を解いていく。
彼女は未だ途切れる事を知らない、涙を拭いながらゆっくりと力を緩めていく。
そして、何かを薬研の手の中に落としていった。
「ほれ」
「あっ……俺の…っ!!」
薬研が受け取った何かを俺は受け取ると、そこには2-Aと刻印の入った学生バッチがあった。
それは夏休みが始まる前に落っことして、行方がわからなかったものだった。
「…い、いつ……っ」
「え…?」
「…い、いつ、と、とうこうび、か……わ、からな…く、…て……」
「もしかして毎日待ってくれたの…?」
乱の言葉にこくんとゆっくり頷く。
乱が渡したハンカチを握りながら、これまたゆっくりと鈴は鳴いた。
「ほ、んとは……あ、さ…わた、す…つもりで…」
「…うん」
「で、…でも、おじ、さんお、いかけて」
「…うん」
「そ、し…たら、こん、な…じ、かんで…」
「…うん」
「こ、こまって…るの、に、どうし、ようって」
「…うん」
「あや、ま、ら…な、きゃ…っておも、たら、と、とま、らなく…っ」
彼女が一通り言うと、緊張が解けたのかまた涙がポロポロと彼女の頬を伝う。
それを見て、またオロオロしながらゆっくりあやす乱。
それを見ながら俺はふと、思った。
泣かないで欲しい、と。
そう思ったのが先か、彼女の目線に合わせて足を曲げ、流れる涙に手を寄せる。
「俺、お前が誰かは知らないけど」
「……っ」
「これだけは言える、助かった」
「…っ」
「ありがとう」
うまく笑えてるかはわからないけど、笑って彼女に伝える。
彼女は、一瞬驚いた様に目を真ん丸にしてそして涙がとまり、
そこに花が咲いたように、
笑った。