第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
「屋、今回の着物選びの件だが…無かったことにして欲しい。」
唐突にそう切り出した俺の言葉に、屋の店主は、一瞬固まったが、すぐに表情は穏やかに戻って、
「孫娘が何かご無礼をいたしましたかな?」
と、返された。
「いや…そうではない。嫁となる娘への着物は造って貰う。」
「では…の選ぶ反物はお気に召しませんでしたかの?」
「そうではない。屋…率直に言う。」
この老店主には、確か息子がいたはずだった。
だが店で見かける事は無く、屋の後は継いでいないと聞く。
を屋の後継として育てたからなのか、孫娘というものが特別なのか…その表情はへの心配を隠せていなかった。
「なんでございましょう…」
自分で作り上げた張り詰めたような部屋の空気は、この老店主の真剣な面持ちによって、より一層緊張感を増す。
「を貰い受けたい。」
目が開いているかわからぬほどの老店主の細い目が、限界まで見開かれ、
「それは…」
と、絞り出したようなしゃがれた声が聞こえた。
「風間の嫁に貰いたい。」
俺のその言葉に、しばらく時が止まったような沈黙の時間が流れる。
ずっとこの血を継ぐ者を探していた。
人間を忌み、蔑んで来た。
屋は別だと先代から聞かされていても、手放しで信用していたわけでは無かった。
だが現実的には、血を隠して生き続けるにも限界がある、隠さなければ争いが起こる…と、人間との共存する方法について頭首として考える事は沢山ある。
蔑んでいた人間だったが、に出会って…その脆さと強さを知った。
花を綺麗だと微笑み、下衆な行いに耐え…鬼だから人間だからと分け隔てず、他人の優れたところをまぶしそうに褒める…
そんな人間もいるのだと知った。
「屋…。俺はこれからの風間の為…鬼の為にも…人間と共存する方法を考えたい。」
「…なるほど。」
俺はを愛おしくおもう。
季節が変わる風にも、木枯らしに落ち行く葉にも、は何かと反応をする。
通り過ぎるだけの時間を、この女と過ごしたら…人間に絶望せずにいられるだろうか。
荒れた手を隠したその心に、俺は自惚れよう。